授業目的公衆送信補償金制度に関する留意点

 文化庁と一般社団法人授業目的公衆送信補償金等管理協会(以下、「SATRAS」という。)が開催した授業目的公衆送信補償金制度の説明会(以下、「説明会」という。)に参加し、何点が気になる点があったので、ここに記録しておきます。なお、今回の記事には誤りが含まれる可能性がありますが、それにより生じた損害には当方は一切責任を負いません。 

1.従前の取り扱いはほぼ変わらない

 SATRASの説明ではさもすべての著作物の利用について補償金が発生するような口ぶりにも感じられましたが、これは授業目的公衆送信保障金制度(以下、「本制度」という。)の前提に立っているからです。学校その他の教育機関における複製等や、引用など著作権者の許諾を得ずに著作物を複製等できる取り扱いは、従前から変更ありません。

平成30年著作権法改正による「授業目的公衆送信補償金制度」に関するQ&A(基本的な考え方)(令和2年4月24日文化庁著作権課)

問1 平成30著作権法改正により「授業目的公衆送信補償金制度」を創設した趣旨と制度の概要を教えて下さい。この制度により、教育現場で新たにどのような行為が行えるようになるのでしょうか。

(答)

1.教育現場での著作物利用に関しては、従来から、対面授業のための著作物のコピー・配布や、対面授業の様子を遠隔地に同時中継する際の著作物の送信は、権利者の許諾なく行えることとなっていました。

 本制度は、他人の著作物を授業等において公衆送信を行う際に適用される制度です。それは、平成30年度法改正時の新旧対照表を見れば明らかだと思います。そのため、そもそも公衆送信を行わないのであれば、本制度には該当せず、補償金支払いは発生しません。ただし、当然ながら、法令に定める著作権者の許諾を得ずに複製等できる範囲を逸脱すれば、各著作権者の許諾が必要になります。

改正前 改正後

(学校その他の教育機関における複製等)
第三十五条 学校その他の教育機関(営利を目的として設置されているものを除く。)において教育を担任する者及び授業を受ける者は、その授業の過程における使用に供することを目的とする場合には、必要と認められる限度において、公表された著作物を複製することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びにその複製の部数及び態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。







(新設)



2 公表された著作物については、前項教育機関における授業の過程において、当該授業を直接受ける者に対して当該著作物をその原作品若しくは複製物を提供し、若しくは提示して利用する場合又は当該著作物を第三十八条第一項の規定により上演し、演奏し、上映し、若しくは口述して利用する場合には、当該授業が行われる場所以外の場所において当該授業を同時に受ける者に対して公衆送信(自動公衆送信の場合にあつては、送信可能化を含む。)を行うことができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該公衆送信の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。

(学校その他の教育機関における複製等)
第三十五条 学校その他の教育機関(営利を目的として設置されているものを除く。)において教育を担任する者及び授業を受ける者は、その授業の過程における利用に供することを目的とする場合には、その必要と認められる限度において、公表された著作物を複製し、若しくは公衆送信(自動公衆送信の場合にあつては、送信可能化を含む。以下この条において同じ。)を行い、又は公表された著作物であつて公衆送信されるものを受信装置を用いて公に伝達することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該複製の部数及び当該複製、公衆送信又は伝達の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。

2 前項の規定により公衆送信を行う場合には、同項の教育機関を設置する者は、相当な額の補償金を著作権者に支払わなければならない。

3 前項の規定は、公表された著作物について、第一項教育機関における授業の過程において、当該授業を直接受ける者に対して当該著作物をその原作品若しくは複製物を提供し、若しくは提示して利用する場合又は当該著作物を第三十八条第一項の規定により上演し、演奏し、上映し、若しくは口述して利用する場合において、当該授業が行われる場所以外の場所において当該授業を同時に受ける者に対して公衆送信を行うときには、適用しない

 また、説明会資料では、今回の法改正に伴い著作権者の許諾なしに利用可能になった行為がわかりやすく示されています。

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 自分の頭の中にある補償金制度に該当するかを判定するイメージをフローチャートとして作成しました。大まかには、これに従って判断しています。「許諾なしに利用できる範囲」とは、著作権法に定める著作権者に許諾を得ることなく複製等が可能な行為や範囲を指します。

著作物が自由に使える場合は? | 著作権って何? | 著作権Q&A | 公益社団法人著作権情報センター CRIC

定められた条件で自由利用

著作権法では、一定の場合に、著作権を制限して著作物を自由に利用することができることを定めています。しかし、著作権者の利益を不当に害さないように、また著作物の通常の利用が妨げられないように、その条件が厳密に決められています。 なお、著作権が制限される場合でも、著作者人格権は制限されません

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 また、各授業形態との対応は、文化庁が作成した「授業の過程における利用行為と著作権法上の扱いについて」がわかりやすいです。

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 著作権法第35条のみではなく、他の取り扱いも含め、従前のとおり適切に権利対応に取り組んでいく必要がありますね。

2.対象者数をどのように算定するか

 前項では、必ずしもすべての著作物を利用する授業が本制度に該当するわけではないことを示しました。ということは、申請の際に補償金の算出根拠となる対象者数も各授業の実施状況(受講状況)によりある程度は抑えられる可能性があります。

 しかし、この実際の受講者数を基にした申請は、少なくとも大学では現実的ではないと考えます。理由は以下の3点です。

  1. すべての授業に対して本制度の対象となる著作物の利用をしているか詳細な確認を行うことが困難であること
  2. 各授業の各回に誰が受講(アクセス)するのか/したかを把握することが困難である可能性があること
  3. 該当するすべての授業のすべての受講者を把握できる段階が遅いこと

 1.について、小規模大学では数十から数百程度、中大規模大学では数千程度の授業が開講されていることと思います。それら各授業の各回において、本制度の対象となる取り扱いを行っているか詳細に調べることはなかなか大変です。特に、学期初めに調査したとしても、13,14回程度のスライド内容はまだ不明という場合もあり得るでしょう。とりあえず、遠隔授業を行っているかで大きく網をかけて、そこから詳しく調べていくことになりますが、相当程度の時間を要することが想像できます。

 2.について、1.で対象となる授業を同定したとして、その授業の各回の出席者を把握する必要があります。LMS等である程度把握できる可能性がありつつ、各授業により異なるプラットフォームを用いている場合は若干出席者把握の困難性が高まるかもしれないな、と感じてます。

 3.については、例えば後学期の15回目に同制度の対象となる取り扱いを行う授業があった場合、対象者数は15回目の授業が終わらなければ確定しません。説明会では、申請・補償金支払いの前であっても著作権法第35条に沿った対応が可能と言われましたが、さすがに年度末近くなっての申請対応はいかがかとも感じます。

 これらを踏まえると、遠隔授業を行う可能性/予定があるのであれば、5月1日時点全学生(非正規生を含む)を対象者として申請することが無難なように思えます。各学部により対応が異なる場合であっても、教養教育など学部を超えて履修する科目の存在を考えると、あまり単純化はできないかもしれません。

 かといって、少なくない金額が動くにも関わらず、さも全学生を対象とすることが当然のように感じた協会の態度には思うところがありました。

3.実態調査はどのような内容か

 説明会では、著作権者への補償金の分配のため実態調査を行うといった話がありました。前項の通り、各授業の実態調査はそう易々と行えるものではないでしょう。どの大学が調査対象となるのか、調査内容や調査項目はどのようなものかを早めに提示いただかなければ、大学としての対応もなかなかむつかしいと感じています。

4.公開講座には対応する必要があるか

 説明会では公開講座に関する補償金の要件も言及がありましたが、この話は今までの取り扱いと異なる部分があると感じています。

 改正前著作権法第35条の学校での著作物の利用では、「授業の過程における使用」とはあくまで正課の授業での利用に限定されていたと解釈していました。例えば、「学校その他の教育機関における著作物の複製に関する著作権法第35条ガイドライン」(平成16年3月著作権法第35条ガイドライン協議会)では、「同条第1項に関するガイドライン」として、以下の記載があります。

事項 条件 内容
授業の過程における使用 「授業」は、学習指導要領、大学設置基準等で定義されるもの 授業の過程にあたるかどうかは、左記条件に照らして授業を担任する者が責任を持って判断すること。
○ クラスでの授業、総合学習、特別教育活動である学校行事(運動会等)、ゼミ、実験・実習・実技(遠隔授業を含む)、出席や単位取得が必要なクラブ活動
○ 部活動、林間学校、生徒指導、進路指導など学校の教育計画に基づいて行われる課外指導
×以下の場合は、「授業」にはあたらない。
 ×学校の教育計画に基づかない自主的な活動(例:サークル・同好会、研究会)
×以下の場合は、「授業の過程」における使用に当たらない。
 ×授業に関連しない参考資料の使用
 ×校内 LAN サーバに蓄積すること
 ×学級通信・学校便り等への掲載
 ×教科研究会における使用
 ×学校ホームページへの掲載

 ここから、公開講座や教員免許状更新講習などは「授業」や「授業の過程」に該当しないのではないかと思われたため、予防線として、担当教員には適正な引用の範囲内において著作物を利用するようお願いをしていました。

 一方、「改正著作権法第35条運用指針(令和2(2020)年度版)(2020年4月16日著作物の教育利用に関する関係者フォーラム)では、「授業」の例として以下の項目が挙げられています。

  • 講義、実習、演習、ゼミ等(名称は問わない)
  • 初等中等教育の特別活動(学級活動・ホームルーム活動、クラブ活動、児童・生徒会活動、学校行事、その他)や部活動、課外補習授業等
  • 教育センター、教職員研修センターが行う教員に対する教育活動
  • 教員の免許状更新講習
  • 通信教育での面接授業、通信授業、メディア授業等
  • 学校その他の教育機関が主催する公開講座(自らの事業として行うもの。収支予算の状況などに照らし、事業の規模等が相当程度になるものについては別途検討する)
  • 履修証明プログラム
  • 社会教育施設が主催する講座、講演会等(自らの事業として行うもの)

 「授業」の法解釈に変更がないとすれば私の解釈が誤っていただけなので別にそれはいいのですが、公開講座や教員免許状更新講習でも著作物の無許諾利用が一定程度可能であるのは私の中では大きな変化です。

 本制度への対応については、遠隔で行う可能性があるならば授業と合わせて申請といったところです。対象人数は講座の定員とするにしても、例えば年度途中で新たにオンラインで行う公開講座が発生した場合はどうするのかという点は明らかではありません。

5.大学コンソーシアムは「学校その他の教育機関」に該当するのか

  近年は大学間連携が推進されており、その場として各地に結成された大学コンソーシアムが活躍しています。インターネットを利用した講座等も行われる中、大学コンソーシアムが主催するオンライン公開講座は本制度に該当するのか、言い換えれば大学コンソーシアムは「学校その他の教育機関」に該当するのか、気になるところです。