「国立大学法人の戦略的な経営実現に向けて~社会変革を駆動する真の経営体へ~中間とりまとめ」への2,3の所感

国立大学法人の戦略的な経営実現に向けて~社会変革を駆動する真の経営体へ~ 中間とりまとめ(令和2年9月):文部科学省

国立大学法人の戦略的経営実現に向けた検討会議では、令和2年9月に「国立大学法人の戦略的な経営実現に向けて~社会変革を駆動する真の経営体へ~中間とりまとめ」を取りまとめました。

 国立大学法人の戦略的経営実現に向けた検討会議の中間まとめが公表されました。これに対し、所感を記しておきます。

1.そもそも誰に向けた会議体なのか

 この中間まとめは、「国立大学法人の戦略的経営実現に向けた検討会議」が作成しています。同検討会議は、令和2年1月28日高等教育局長決定のもとに設置されており、

1.趣旨

骨太の方針2019」に則り、指定国立大学が先導して、世界の先進大学並みの独立した、個性的かつ戦略的大学経営を可能とする大胆な改革を可及的速やかに断行することが重要。そのため、より高い教育・研究に向けた自由かつ公正な競争を担保するため、国立大学と国との自律的契約関係を再定義し、真の自律的経営に向け、国立大学法人法等関連法令の改正や新規創設を含めて検討を行う。併せて、各大学においてグローバル人材を糾合できる世界標準の能力・業績評価制度とそれに基づく柔軟な報酬体系の確立などにつき検討する。

また、各大学が一貫性ある戦略的経営を実現できるような学長、学部長等の選考方法の在り方について検討する。加えて、新たな自主財源確保を可能とするなどの各種制度整備の具体策、さらに、現行の「国立大学法人評価」「認証評価」及び「重点支援評価」に関し、廃止を含めた抜本的簡素化や、教育・研究の成果について、中長期的努力の成果を含め厳正かつ客観的な評価に転換することを検討する。

https://www.mext.go.jp/content/20200226-mxt_hojinka-000005220_2.pdf

となっています。

 中間まとめを見ると「国は~~が必要である。」「国立大学法人は~~べきである。」という勇ましい言葉が並びますが、そもそもこれは誰に向けた言葉なのかがわかりません。中央教員審議会であれば文部科学大臣に向けて答申を行うという形ですが、同検討会議はその枠組みの外に置かれています。おそらく、文部科学省はこの中間まとめを踏まえて制度改正等を行うものと思われるため、間接的には文部科学大臣や行政・立法組織に対しての言葉だとは思いますが、なかなか判然としないところです。

2.一部の事項は明記されていない

 当初予定されていた検討事項と今回公表された中間まとめを比較すると、以下の事項への言及がないことがわかります

  • 文部科学省職員現役出向等の今後の在り方
  • 学部長等の選考方法の在り方
  • 世界標準の教育研究実現に向けた教育研究評議会の在り方
  • 世界標準の能力・業績評価・報酬体系の確立
  • 授業料の自由化の是非
  • 日常的な英語による教育研究の早期実現(JDが代用?)

 このうち、授業料の自由化については、どこで見たかは思い出せませんが、今回の審議で結論を出すのを断念したという記事を見た気がします。いずれにしろ、この社会状況では授業料の自由化(おそらく「高くなる」方の自由)は打ち出しにくいところです。実際、先行大学の事例を受け、コロナ以前の2019年12月から1月にかけて授業料の値上げを検討していた国立大学は一定数存在していたと思います。その検討はコロナのためにいったん棚上げになった状態でしょうね。

 また、「文部科学省職員現役出向等の今後の在り方」はぜひとも最終まとめに盛り込んでほしいところです。

 なんにせよ、まだ中間まとめですので、年内に作成される予定の最終まとめを待ちたいと思います。

3.各論

 以下、本文中で気になった記載を抜粋し列挙します。

法人化当初に描いていた姿

一方、国の一組織であることを前提としたかのような国の管理の仕組みや大学間の結果の平等を偏重するマインドが国に残っていることも否めない。また、各大学においても、大学内部における横並びの慣習などにより、法人化当初に描いていた、「競争的環境の中で、活力に富み、個性豊かな魅力ある国立大学」の姿は未だ実現しているとは言い難い。(P2)

 言っていることはわかりますが、法人化当初に描いた姿に言及するのならば、法人法制定時の付帯決議の実現にも言及いただきたいところです。

財政的な責任

なお、ここでいう「自律的契約関係」とは、以下で述べる新たな中期目標及び中期計画により、国と国立大学法人それぞれの責任を明確にすることで、その関係性を自律的なものにすることを企図しており、公共的価値の創出を期待されている国立大学法人が、国から財政的に自立することを表現しているものではないことに留意が必要である。(P3)

(中略)

加えて、国は、国立大学法人に負託する役割や機能が発揮される環境構築に責任を持つ意味において、法人が予見可能性を持った財務運営に基づき業務を確実に遂行出来るよう、十分配慮する必要がある。(P4)

 国の責任は財政面であることを、回りくどく言っていると理解しました。

中目中計の在り方

国は、これまでの中期目標の在り方を見直し、総体としての国立大学法人に求める役割や機能に関する基本的事項を国の方針として提示するべきである。(P3)

(中略)

国立大学法人は、国が示す大枠の方針を踏まえ、それぞれの組織の特性を生かした6年間のビジョンや行動計画等を作成すべきである。これは、国立大学法人がその大学経営の目標に照らして、国が方針で示した役割や機能のうち自身のミッションとして位置付けるものについて自ら選択し、それを達成するための方策について、自らの責任で6年間で達成を目指す水準や検証可能な指標を中期計画に明確に規定することが不可欠である。(P4)

 中目中計の在り方が大きく変わりそうです。国が示す基本的事項も、おそらく、現在の3類型に沿ったものになる気がしています。

法人評価の在り方

こうした社会への説明責任が十分に確保されることを前提とした上で、新たな中期目標・中期計画に基づいて構築される自律的契約関係も踏まえ、国(国立大学法人評価委員会)による法人評価について、毎年度の年度評価を廃止し、原則として、6年間を通した業務実績を評価することとすべきである。(P4)

 法人評価の在り方も大きく変わりそうです。

事務職員の育成

具体的には、国立大学法人は、専門性の高い事務職員の育成を進めるとともに、公務員型から脱却した、能力や業績に応じた弾力的な人事給与システムを整えるべきである。(P5)

 事務職員に関する言及もありますね。専門性の高い事務職員の育成は結構ですが、当該職員の専門性に応じた専門性の高い業務があるかどうかがポイントだと思っています。

理事の定数

さらに、戦略的な経営実現やコンプライアンス強化の面から、新たに実施する業務に最適な外部人材の適時登用を可能とするなど、国は、国立大学法人が置くことができる理事の員数について柔軟性を持たせることが必要である。(P5)

 国立大学法人法別表第一に関する案件ですね。国立大学で唯一法人統合を果たした東海国立大学機構(岐阜大学及び名古屋大学)を除き、多くの国立大学では同じ組織のなかで理事と副学長が兼務されている状態です。法人の理事としての役割を果たせるように権限(資金など)が委譲できているのか、そうでなければ外部人材を理事として適時登用したとしても、満足な効果が上がるのかどうか疑問です。

学長選考会議

このように、 国立大学法人は 、学長が真にリーダーシップを発揮し、世界に伍する大学へと飛躍を遂げるため、 学長選考会議が自らの権限と見識において、法人の長に求められる人物像に関する基準をステークホルダーに対して明らかにするとともに、広く学内外から法人の長となるにふさわしい者を求め、主体的に選考を行うべきである。(P6)

 最近何かとお騒がせな学長選考ですが、学長選考会議がちゃんと選考をやれよと言ったことが書かれています。たしかに他の委員会も含め特に学外委員はお付き合いで委員に就任していた例もあるでしょうし、担当部署が作成した案を無言で承認するだけではなく主体性を持って役割を果たせということだと思います。

 本邦でも学長のリーダーシップに関する研究は進展中だという認識ですが、パートタイム委員が多い学長選考会議にその重責がどの程度果たせるのか、学長選考委員に求められる資質を明らかにしたうえで委嘱することも必要ではないかと考えています。また、学長選考に際し、最大のステークホルダーである学生に関わってもらう方法もあり得るのではないでしょうか。

内部留保

したがって、国は、国立大学法人自らの判断で戦略的に積立てができる内部留保の仕組みを作るとともに、法人が自ら獲得した多様な財源を、戦略的に次期中期目標期間に繰り越すことができるよう、目的積立金の見直しを行うべきである。(P7)

 これは弊BLOGでも従前から言及している仕組みです。現在の目的積立金及び積立金のようなものではなく、一般家庭における当座預金に近い形で余剰資金をキープできなければ、節約へのインセンティブは働きません。一方、過去にあった特別会計の積立金、いわゆる「埋蔵金」に近い形でもありますので、この建付けは財務省の説得が困難かもしれません。

債券の発行

そして、国は、この活用拡大のための要件緩和を行うべきとの本検討会議の議論を踏まえ、大学の先端的な教育研究の用に供するための「コーポレート・ファイナンス型」の活用を可能とする政省令改正を、令和2年6月に行っている。しかしながら、国立大学法人が発行する債券が、市場との対話でさらに魅力的な商品として高い価値を生み出していくことが、今後、より一層期待される。(P8)

最近では、東大が発行した大学債がニュースになりました。

www3.nhk.or.jp

東大のプレスリリースでは、大学債の使途は以下の2点です。

  1. 「ポストコロナ時代のグローバル戦略」としての最先端大型研究施設の整備(候補として、ハイパーカミオカンデ等)
  2. 「キャンパスの徹底したスマート化の促進」としてのウィズコロナ及びポストコロナ社会におけるキャンパス整備(学内オンライン講義スペースの拡充等の施設改修、セキュアなネットワーク及びデータ活用環境整備、キャンパス隣接地の取得による利活用等)

第1回国立大学法人東京大学債券債券内容説明書

債券の発行については、文部科学省HPに解説資料があります。

2 資金調達手段としての債券発行の意味:文部科学省

2資金調達手段としての債券発行の意味

(1)債券とは何か

(2)債券発行の実際

 債券を発行するとなると、投資家に対し、年々金利を支払うとともに、償還期間を終えた償還金を支払う必要があります。今回の東大の大学債は200億円発行し利率は0.823%(年)なので、支払う金利は年1億6千万円程度です。これだけの金利を毎年(40年間で66億円程度)支払いつつ、40年後には200億円を償還しなければなりません。

 東大の令和元年度財務諸表では、キャッシュフロー計算書上は資金期末残高が532億円程度ありますので、これが維持できるのであれば金利及び償還には十分に対応できるでしょう(おそらく償還金を積み立てるのだろうと思いますが、償還金の原資には制限があったようにも記憶していますので制度との兼ね合いでしょうね)。一方で、これだけキャッシュがありながら、なぜ大学債の発行を行うのかという疑問もありますが、現行の積立金制度のようにあらかじめ使途が限定された資金では運用上不都合が生じるため、自由度が高い債権発行による資金調達に踏み切ったと推測しています。

設置審査

このため、国は、学位の分野に変更がなく、収容定員の総数が増えない場合において、学部・学科の再編等を伴う定員変更に必要な手続きについて、抜本的に簡素化するべきである。(P9)

 弊BLOGでも従前から言及してきたとおり、国立大学と公私立大学では設置審査の手続きが大きく異なります。設置審査の簡素化は全設置者に共通した流れではありますが、国立大学のみ何らかの措置があるのか、気になるところです。

学部定員の柔軟化

したがって、国は、文理の枠にとらわれないSTEAMスティーム人材の育成や、地域の特性やニーズを踏まえた質の高い人材育成やイノベーションの創出、社会実装に本気で取り組むような場合に限り、これまで抑制的に取り扱ってきた国立大学の学部収容定員の在り方を柔軟に取り扱うことも含め、魅力的な地方大学の実現に向けた取組を強化するべきである。(P10)

 ありがたい話ではあるのですが、学部定員を増やすとともに、増員分を支援できる教育研究環境の整備を行わなければなりません。また、この前段にある

しかし、知識集約型社会への転換の中で、国立大学が知のインフラ基盤として果たすべき役割が増大し、例えばリカレント教育の重要性なども指摘されている状況下で、収容定員を18歳人口との関係のみで決めるのは、必ずしも合理的ではない。

という話について、現状で学部に入学する25歳以上の者の割合は極めて低く、現時点でこの話がどの程度説得力を持つかは未知数だと感じています*1

*1:文部科学省資料では、平成29年度で大学(通学)に在学する25歳以上の者は全体の1.1%