教育再生実行会議第1回高等教育ワーキング・グループでの議論に思う

www.kantei.go.jp

 あまり話題になっていない感もありますが、9月から教育再生実行会議に高等教育ワーキング・グループが設置されています。総理が変わってどうなるのかなと思っていたのですが、どうも継続されるようですね。

 近年の高等教育政策では、中央教育審議会文部科学省よりも教育再生実行会議が果たす役割が大きくなっていますので、こちらにも注目していきたいところです。今回は、9月14日に開催された第1回ワーキング・グループの議事録について、いくつか注目していきます。相変わらず何の根拠もない各委員のエピソードトークが多く、コロナ対応ですさんだ心がほっこりしますね。

【検討事項例】

1.ニューノーマルにおける大学の姿とはどのようなものであるべきか

● 時間・場所にとらわれず、社会人のリカレント教育も含め、多様な学修者が学び合い、高め合うことのできる知的創造空間の提供

● 対面とオンラインとのハイブリッドによる学修者本位の効果的な教育実践と学修の実質化

● 学内における教育資源の重点化を通じた多様な学びを後押しする体系的できめ細かな教育の提供

2.グローバルな目線での新たな高等教育の戦略はどうあるべきか

ニューノーマルに対応する国際学生交流の展開手法

● 留学生30万人計画の振り返りと今後の留学生政策

● 日本の優位性を引き出し、国際競争力の向上に資する教育研究の在り方

3.それらを実現するために必要な方策とは何か

● 対面とオンラインとのハイブリッド化など、ニューノーマルにおける大学教育を実現するための仕組みの構築や環境の整備、質保証の在り方(大学設置基準の弾力化など)

● 社会との接続の在り方や学事暦・修業年限を含めた学びの多様化・複線化(通年入学・卒業・採用など)

ニューノーマルにおけるグローバルな目線での新たな高等教育の戦略を踏まえた支援方策(国際JD制度の柔軟化など)

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouikusaisei/jikkoukaigi_wg/koutou_wg/dai1/siryou4.pdf

ニューノーマルにおける大学の姿との矛盾 

萩生田文部科学大臣教育再生担当大臣

コロナ禍においても質の高い学修機会を確保することは、まさに大学の使命であり、合理的な理由や事情がない限りは、対面授業の実施や学生による施設の利用について積極的に検討いただくことが必要であると考えています。(P2)

 最近も対面授業の実施割合が低い大学を公表することが話題になっていました。ニューノーマルにおける大学の姿と対面授業を行っていない大学の公表とは、政策的に相容れないものだと思うのは私だけでしょうか。学生が対面授業を望むからという話もわかりますが、それでは、ニューノーマルにおける大学の姿とは一体誰から望まれているものなのでしょうか。

課題地獄という必然

喜連川委員

デメリットは何かというと、先生が宿題をよく出し過ぎるという問題で、これは後ほど申し上げますけれども、「課題地獄」と。それと、今、言われていますような友達がつくれないというような問題、目が痛いとか、中には物すごくひどい先生がいて資料を配るだけしかやってくれないとか、こういう文句が多々出てきたわけです。

(中略)

これは先ほど言いました課題地獄で、東大では修学時間がかなり延びたと。ここは先生がいい意味でどんどん問題を出してしまうということです。ちょっと面白いのですけれども、外国の事例も聞こうといって、この間メキシコに聞いたのですけれども、メキシコも課題地獄と言っていましたので、これは世界中同じ問題が出ているのだと思います。 

 課題の件については以前も弊BLOGでも言及し、課題が多いことは本来的な大学教育の在り方であるが、それを友人とともに乗り越えていけないことなどが本質的な課題であると説明しました。

kakichirashi.hatenadiary.jp

 文部科学省の通知においても、遠隔授業による課題による出席状況の把握が明記されています。

大学等における新型コロナウイルス感染症への対応ガイドライン(令和2年6月5日)

・ 授業担当教員が,オンライン上での出席管理や確認的な課題の提出などにより,当該授業の実施状況を十分把握していること(P14)

 繰り返しになりますが、大学設置基準等を踏まえると、そもそも大学での学修は課題地獄であり、今までが異常であったところそれが慣例化しているのでしょう。金子(2020)*1では、10年の間をおいて実施された調査結果を比較し、学生の学修時間の変化について、以下の通り説明しています。

しかし、学生の学習時間は2010年台を通じてほとんど変わっていない。それは一方で学生が一学期に平均13コマを履修し、個々の授業に教室外で学習することを考えないという習慣が一般化していること、他方で教員はそうした学生の行動を感じ取り、通常の授業では教室外での学習を多く期待しない、という、教員と学生の相互の期待が一つの構造的なカルチャーともいうべきものを作っているからである。そうしたカルチャーが頑健であり、学生本位の授業とすることによっては改編することはできない。(P59)

(中略)

上の分析はそれを現代日本の大学の学部間の相違の統計的な分析によって見出したわけだが、日本の大学全体をとってみても、いわば日本的な教育・学習カルチャーの構造があり、それが例えばアメリカの対応する教育・学習カルチャーとは大きく異なる。それが彼我の学習時間の大きな差をもたらしているとみることができる。(P60)

大臣の謎のエピソードトーク

萩生田文部科学大臣教育再生担当大臣

一方、私の地元は八王子市というところなのですが、22の大学がある学園都市と言われていまして、各大学で授業を公開して、単位も互換できるようにしてほかの大学の授業も受けられるスタイルを取っているのですけれども、コロナ禍でオンライン授業が盛んに行われましたら、結局、自分の学校よりあっちの学校の先生の方が良いという評価が学生の中で上がってしまったり、あるいはOBがオンラインの映像を懐かしく見てみたら、20年前と同じ授業をやっている、ほとんど進化していないみたいな書き込みがあって、これは大学の先生方にとってもある意味ではレベルを上げるいい機会なのかなということも期待をしているところでございます。(P17)

 これは大学コンソーシアム八王子のことでしょうか。ちょっと特殊事例すぎてエピソードトークが過ぎるなと思いますが、地元の様子を入れ込んでくるあたりに政治家を感じますね。

通信容量制限の緩和措置はなぜ年齢上限があるのか

萩生田文部科学大臣教育再生担当大臣

そのためにも、大学の現場の先生方にも頑張っていただいて、なかなかメーカーさんも非常に謙虚であまりアピールしていないのですけれども、実は8月末まで大手キャリア3社の皆さん、25歳以下の契約者に対してギガの開放をしていただいて、授業などに対応できるようにしてくれたのですけれども、もしかすると後期の授業が始まると、今までは見られた授業が、画像が止まってしまうみたいなことも出てくると思うので、この点も高等教育局とよく相談しながら対応していきたいと思っています。(P18)

 前から思っていたのですが、携帯キャリアの通信容量制限の緩和措置はなぜ25歳という制限があるのでしょうか。若年層への支援も理解できますが、学び直し社会を推進している中で、年齢上限についても検討いただきたいところです。なお、この点については総務省の一部部局が動いているという噂もあるようですので、そのうち何からの発表があるのではないかと思っています。

授業時間は各大学で決めてください

秋田委員

特に、高校を卒業して高大接続を考えたときに、高校は50分授業です。それが一気に 90 分のオンライン授業に変わるということがどれだけ新入の大学1年生にとって負担かということも考え、より柔軟なことが大事だと思います。(P19)

 何度も言っているような気がしますが、1回の授業時間に法令上の定めはなく、各大学は1単位45時間の規定に沿って対応しています。1回の授業時間を何分にするかは各大学の裁量ですので、そう思うのならば、まずはご所属の大学にて対応いただくのがよろしいかと思います。

どこでもいつでもで学習できるのか

出口委員

そういう面では、リカレントも含め、学生にとっても場所の制約がなくなる、場所の制約が外れたことはかなり大きくて、これはこれからの大学あるいは高等教育を考える上で、場所と時間の制約がないということは、従来の大学のイメージをかなり変える可能性があると思います。(P23)

柳川委員

時間がありませんので、そういう意味でオンラインが、感染の可能性の心配がなくなったときにどういうふうにオンラインを使うのかという話で行けば、今、皆さんが御指摘になったように、時間と場所にとらわれないで学ぶことができるというのは非常に重要なところでございまして、これは今の教え方をどうやってオンラインにしていくかという以上に大学の教育の在り方、あるいは入試の在り方、こういうものを大きく変えていくのだと思います。(P25)

 時間や場所にとらわれないで学ぶことができるのは確かですが、一方でメンタル不調を訴える学生等も出ています。特に学部教育の初年次においては、単純に考えることはできないと思います。時間と場所にとらわれない中で学ぶことができるのは強い学ぶ意思と自律が必要でしょうし、すべての大学生にそれが備わっているとは限りません。

 時間や場所の制約がない学びの場といえばMassive opne online courses(MOOCs)ですが、Feng et al.(2019)*2では、MOOCsのプラットフォームの一種であるedXの完遂率が5%程度であり、中国のプラットフォームであるXuetangXも同程度であったと報告しています。このような状況の中で、単純にいつでも学べるからという理由のみで導入することは慎重に検討すべきだと考えます。

入試の趣旨とはなにか

柳川委員

そういう意味では、入試というのも、入試はそもそもキャンパスのキャパシティーに制約があって、教室に入り切れないから教室に入れるだけの人数をセレクションして制約する必要があったわけですね。その制約がないのであれば、まずはオンラインで、まずはビデオを聞いてもらうのでもいいかもしれませんけれども、大勢の人に聞いてもらって、その中で、成績がよかった人にリアルな授業を施すというのも十分可能なのだと思います。(P26)

 この発言は意味不明です。そもそも、「教室に入り切れないから教室に入れるだけの人数をセレクションして制約する」ということが入試の趣旨であれば、レジャーランドと言われていた時代に定員を大幅に超過し教室に入りきらないくらいの学生を入学させていた私立大学はいったい何だったのでしょうか。また、東京大学でもあるだろうと推測しますが、仮に現時点で教室に入りきれる人数を定員として設定しているとしても、履修登録の際に抽選が発生していることの整合性が取れません。さも学術的な背景があるような発言ですが、これが正しいのかよくわかりません。

定員管理はなくなるか 

柳川委員

入試をある意味で極端に言うとなくしてしまってでもいいから、大勢の学生に聞いてもらった上で、その代わり卒業はしっかりちゃんとした能力を持って、ちゃんとした学力を持ったしっかりと成果を得た人に卒業してもらう。これが本来ある姿だと思いますので、ある意味で、そういう本来ある姿に戻していくうえで、オンラインというのは非常に有効な手段になるのではないかと思っております。(P26)

 この発言を実行するためには、現在の定員管理及び国による定員充足率及び標準修業年限内卒業率等の罰則等を改正(あるいは撤廃)する必要があり、併せて、大学中退を当たり前のこととして受け止める社会的な認識も変える必要があります。

 なお、現行の体制のままご提案のあった入学者の自由化を行った場合、学生一人当たりにかけられる教育コストやサービスの質は間違いなく低下し、大学教育が破綻するものと思われます。

大学は何を担保するのか

大野委員

2点目、オンライン教育に関して、もう既に出口委員からも御発言がありましたように、授業だけが大学ではありません。オンキャンパス、そして、オフキャンパスの経験総体が大学だと考えています。(P26)

 話はわかりますし、対面授業を求めている学生は実は授業ではなくキャンパス体験を求めていたという話も伝え聞いているところです。ただ、大学側が正課の授業以外の活動にどれほど関与すべきかは考えなければなりません。個人的には、正課以外の諸活動はあくまで学生の自主的な活動であり、大学側の関与は最小限にすべきだと思っています。極論を言えば、部活動やサークル活動等の諸団体は一般社団法人化し大学と切り離した方が良いとも感じています。

個人が学びに責任を持つ

熊平委員

個人が自己成長に責任を持つ時代になり、学びに対する心得を、大学の間にしっかりと習得することが大切になります。時代の変化に合わせて、大学教育の役割が変わってきていることを認識する必要があります。(P27)

 個人が自己成長に責任を持つ時代ならば大学が学生の成長そのものに責任を持つ必要はないのか、とも感じます。いずれにしろ、大学は従前より学生の自己責任において対応してきたところが多く、引き続き自己成長できる学生を育てていく環境整備が必要です。”面倒見がいい大学”と言われている大学の”面倒見の良さ”が何を指しているか、ということですね。

アウトカム測定は簡単にはできない

森田委員

そのことは2点目と関連しておりまして、今の大学教育の場合には、何を何コマ何時間教えたかという言わばプロセスといいましょうか、インプットの方の管理が非常に厳しいわけですけれども、本当にそれで教育効果が出ているかどうかというアウトカムにもっと着目すべきではないかと思います。

ただ、大学教育でアウトカムの測定は非常に難しいのですけれども、私の知る限り、喜連川委員もおっしゃいましたけれども、オンラインのメリットといいますのは、学生が何を学んだか、どうしたかということのログが取れるわけですから、個人情報の問題はありますけれども、それを活用してきめ細かく教育の効果をアウトカムレベルで評価すべきではないかと思います。(P29)

 さもLMSのログ等でラーニング・アウトカムズが評価できるような口ぶりですが、ログ等で判断できるのは断片的な学習行動だけであり、やはりそれは簡単ではなかろうと思います。

 各受業の学修成果はDPに即した到達目標の達成度、カリキュラムの学修成果はDPの達成度やDPに関連する資格の合格率等で判断できるものと考えています。その前提に立つと、まずは各授業がDPに応じた到達目標を設定できているか、各到達目標の達成度を測定できる成績評価を行っているかが肝要でしょう。

学生のメンタルヘルス対応

大橋副主査

急に自分を傷つけるみたいなことを書いて、フェイスブックのアカウントを閉じてしまって、コンタクトが取れなくなるということで、我々の方でその子の家まで行って確認したところ、憔悴はしていましたけれども、生存を確認したという学生は何名か出てきて、オンラインをずっと続けているとかなり秋は厳しいかなという思いを持っています。そうした学生は入学生が実は多くて、そうしたこともこのアンケートで見てとれるのかなと思います。(P14)

日比谷委員

2点目は、一人で下宿していて、オンラインで誰にも会わなくてメンタルがやられてします。(P23)

髙島委員

友達ができないということがあるのですが、すごく大きい。この1年間の谷に落ち込んでいる新入生たちをどう救うのか。来年以降になると、きっとハードもソフトも制度もいろいろなものが整ってくると思うのですが、今年の新入生をどう救うかは喫緊の課題ではないか。(P30)

佐々木委員

特に新入生の人たちは、大学がないためにコミュニケーションを取る機会がなく、孤立化するということがあるようですが、これは本当に大きな問題です。(P33)

 学生のメンタルヘルスの問題は、コロナ禍において生じたものと、遠隔授業において一般的に生じるものとを分けて考えなければなりません。極論ですが、ニューノーマルにおける大学教育とは学生自身が学びや成長に対して責任を持つものであれば、一人でも学びを進めていける者、ある意味では、高校からのストレート進学者ではない者が学ぶ場として位置づけることはあり得るかもしれません。

???

衆議院議員

2点目は、日本高等教育評価機構における大学評価と公表であります。(P34)

 これは何を言っているのか全く分かりません。公益財団法人日本高等教育評価機構のことではなく、大学評価全般の話でしょうか。