「課題で大変」という学生への複雑な感情

 新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止のため、各大学では遠隔授業が進められています。その際、学生からは「各授業で課題が出されるので、その対応で大変」ということをよく聞きます。これは、文部科学省からの通知*1等も踏まえ、遠隔授業への出席や理解度確認のために各授業で課題が出されているものと思います。

 率直に言って、この未曽有のコロナ状況下で他者との協力もなかなかできずに課題を進めていくことは実際に大変だろうと思いますし、何とかしてあげたいとも思います。一方で、そもそも大学での学びとはこのようなものだと思う気持ちもあり、複雑な感情を抱いています。

法令上の学習時間

大学設置基準の定め

 授業を履修し成績が評価されればその授業の単位が授与され、単位を集めることで卒業できるようになります(単位以外の卒業要件もありますが)。一部の例外を除き、多くの学生にとっては、ある意味では、授業は単位を取得するために履修していると言っても過言ではありません。

 大学設置基準第21条では、単位について以下のとおり定められています。

第二十一条 各授業科目の単位数は、大学において定めるものとする。

2 前項の単位数を定めるに当たつては、一単位の授業科目を四十五時間の学修を必要とする内容をもつて構成することを標準とし、授業の方法に応じ、当該授業による教育効果、授業時間外に必要な学修等を考慮して、次の基準により単位数を計算するものとする。

一 講義及び演習については、十五時間から三十時間までの範囲で大学が定める時間の授業をもつて一単位とする。

二 実験、実習及び実技については、三十時間から四十五時間までの範囲で大学が定める時間の授業をもつて一単位とする。ただし、芸術等の分野における個人指導による実技の授業については、大学が定める時間の授業をもつて一単位とすることができる。

三 一の授業科目について、講義、演習、実験、実習又は実技のうち二以上の方法の併用により行う場合については、その組み合わせに応じ、前二号に規定する基準を考慮して大学が定める時間の授業をもつて一単位とする。

3 前項の規定にかかわらず、卒業論文、卒業研究、卒業制作等の授業科目については、これらの学修の成果を評価して単位を授与することが適切と認められる場合には、これらに必要な学修等を考慮して、単位数を定めることができる。

必要な自学自習時間

 "一単位の授業科目を四十五時間の学修を必要とする内容"とは、講義であれば、1回1時間×15週=15時間の授業時間に対し、事前事後学習1回2時間×15週=30時間(もっと単純化すれば予習1回1時間×15時間、復習1回1時間×15時間と言うこともできます。)を含むと考えられます。つまり、法令上は、単位の取得のためには講義時間と同じ時間の予習時間及び復習時間が必要になります。

 多くの大学では、90分又は100分で2単位の講義を展開しています。この場合、予習復習時間は180分(3時間)又は200分(3時間20分)となります。1回の講義を受ければ、講義とは別にその日のうちに(とは限りませんが)3時間以上の学習が必要です。これが、いわゆる「単位の実質化」の法令根拠です。このため、様々な調査にて大学生の学習時間が着目されています。

履修できる単位数の制限

 1日2コマの講義を受ければ6時間以上、3コマの講義を受ければ9時間以上の学習が必要です。実際にこの時間数を学習しようと思えば寝る間もないでしょうし、履修する授業の数によっては計算上一日24時間を超えてしまいます。そのため、各大学では、各学期等に履修できる授業の数を制限し、学生に過剰な学習時間を発生させないようにしています。これが履修単位制限(CAP:キャップ)です。例えば玉川大学では半期16単位のCAP制度を導入*2していますが、除外科目が多いとは言え、これはかなり厳しい(履修できる単位数が少ない)制度でしょう。

学習時間の実態

 一方、全ての大学の全ての大学生が全ての授業において法令上の1単位の学習時間を満たしているかと言われれば、そうとは言い難い状況が明らかになっています。文部科学省国立教育政策研究所が行った「大学生の学習実態に関する調査研究」(平成26年度調査実施)の報告書では、以下のように書かれています。

1〜3年生では,大学の授業の予習・復習などの平均時間はいずれも5時間程度であった。1・2年生では授業への出席時間の4分の1,3年生でも3分の1程度の時間にとどまっている。

同様の調査票を用いて2007 年度に全国の大学生を対象に東京大学大学経営・政策センターが実施した調査(東大CRUMP 調査)の結果によれば2,1年生の授業に関連した自律的学習時間は,「0時間」が10.9%,「1〜5時間」が57.5%,「6〜10 時間」が16.4%であり,今回(2014 年度)の結果とほぼ同じである。今回,国立教育政策研究所が実施した調査(NIER 調査)と東大CRUMP 調査では,調査対象者の抽出方法,調査の実施時期(実施月)が異なるので,厳密な意味での比較をすることはできないが,この7年間で授業に関連する自律的学習時間が大きく変化したとは言えないと解釈しても良いと思われる。

 また、昨年度に実施された文部科学省全国学生調査(試行実施)では、学部3年生(医学など6年制課程は学部4年生)の平均的な1週間の生活時間として、授業への出席が平均17時間、予習・復習などの授業に関する学習時間が平均5時間であることが報告されています。

 1単位の学習時間が不足していることは明確であり、国や各大学とも法令に応じた学習時間を確保しより学生の資質能力を高め、ディプロマ・ポリシー(卒業認定・学位授与の方針)に応じた人材育成を加速しようとしています。

課題による学習時間の増加

 今回のコロナ状況下においては、結果として課題による自学自習時間が増加していると推測でき、1単位の学習時間が法令上の値に近づいていると思われます。ある意味では、法令で想定されている大学での学びに近づいているのでしょう。

 また、課題が多いのでなく、履修単位数が多すぎる可能性があります。小中高のように空き時間(1限から5限まで)を埋めるように授業を履修する「お弁当箱型履修モデル」では、前述の学習時間が飽和してしまいます。大学への学びの接続がなかなか難しいですね。

そうは言いつつもこの状況はどうにかしなければならない

 そうは言っても、コロナ状況下の遠隔授業やそこで出される「課題」の問題は、どうにか学生に寄り添った対応をしなければならないと考えています。その理由は以下の3点です。

1.突如としてこのような状況になったため

 大学教育における学習時間の確保については、それを徐々に学内に浸透させつつ、教育課程や各授業内容に合わせた形で段階的に進めていくべきものだと認識しています。そんな中、今回のコロナ禍が突如として起こり、特に新入生は大学への学びの接続や転換が全くできないまま、遠隔授業に突入しています。課題についてもただ宿題のようにこなすだけではなく、なんとか「大学教育はどのようなものか」を体感できる仕組みを設けなければならないと考えています。

2.学生の環境やそれへの支援が不十分であるため

 遠隔授業ではそれを受講する情報機器・通信環境も重要な要素ですが、必ずしもすべての学生が十分な環境のもとに遠隔授業を受講できているとは言えないかもしれません。また、情報機器・通信環境に限らず、学生で相談する環境構築の支援がなければ、孤立して学習を進めざるを得ず、普段よりも課題の学習に時間がかかるかもしれません。各種アンケート*3を見ても、遠隔授業において孤独感を持ちながら学習していることに不安を感じる学生が一定数見受けられます。十分な学習環境を提供できるよう、物的心的経済的を問わず、何らかの支援を考えなければなりません。

3.課題の量や質等を制御できていないため

 課題の量は多ければ多いほうが良いというわけではなく、やはり量や質、締め切りなどをある程度コントロールできることが望ましいでしょう。ただ、当然ながら各学生より履修している授業は異なるため、総体として課題をコントロール(マネジメント)することは至難の業(というかほぼ不可能)です。どちらかと言えば、各教員に必要な注意喚起を行いつつも、まずは課題を指示・提出するプラットフォームの整備や学生自身が課題取り組み状況を自己マネジメントできる方法の開発などを考えていきたいと思っています。

 

 これらの状況は、多くの大学で生じているのではないかと思っています。考えているうちにあっという間に前学期が終わってしまうため遅きに失した感は否めませんが、後学期や将来のデジタルトランスフォーメーションに向け、検討を進めていきたいと思っています。

いくつかの所感

45、124という悪魔の数字

 常々、大学設置基準にある1単位45時間の学習や卒業に必要な単位数124単位は、大学教育が縛られる悪魔の数値だなと感じています。特に、45時間の学習時間は「大学は、この省令で定める設置基準より低下した状態にならないようにすることはもとより」とあるにも関わらず、ほとんどの大学が到達できていないのではないかとも思います。

 前述した複数の学生調査においても、2007年、2011年、2019年と授業時間数に対する自学自習時間の比率は大きく変わっていないように見えます。この10数年間で大学教育はそれなりに変容してきたのではないかと思っていますが、にも関わらず自学自習時間は増えていないように見えるのは、そもそも大学生の生活様式上この程度の数値が上限値なのではないかとも感じてしまいます。全国大学生活協同組合連合会が毎年実施している学生生活実態調査を分析すれば、何か傾向がわかるかもしれません。

授業を詰め込むと安心するのかも

 履修する授業の数については、教育課程や学年進級、各種免許の教育課程との関係もありますが、なにより日本の雇用慣行(いわゆる就活)との関係が重要だと感じています。就活の各種行事や選考は平日に開催されることもあり、3年生になるまでに早めに単位を取得しておきたいと思い、授業を詰め込んでいるのかもしれませんね。

学習時間の確保には経済的支援が欠かせない

 学習時間を確保するためには、それまで何かに費やしていた時間を使用する必要があります。アルバイトをせずとも良いように、経済的支援は欠かせないでしょうね。

学生の居場所はどこにあるか

 今回のコロナ禍に限らず、履修する授業数を制限した場合、学生には授業がない時間帯(いわゆる空きコマ)が生じることが想定されます。その場合、学生はどこに居場所を確保すればよいのでしょうか。ラーニング・コモンズやワークスタディなど、学生がキャンパスに滞留できる仕組みも併せて考えたいと思っています。