実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関に思う 〜大学は職業訓練を行うのか?〜

実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の制度化に関する有識者会議(第1回) 配付資料:文部科学省

1 趣旨

 職業教育については,若者が自らの夢や志を考え,目的意識を持って実践的な職業能力を身に付けられるようにするとともに,産業構造の変化や技術革新等に対応して一層充実を図ることが必要である。特に,高等教育段階における職業教育においては,社会的需要に応じた質の高い職業人を養成することが望まれており,既存の高等教育機関においてもそれぞれの取組が行われてきているが,各学校の本来の 目的や特性等から,各職業分野にわたる様々な人材需要に十分に対応したものにはなっていないという指摘もある。

 こうした課題を踏まえ,社会経済の変化に伴う人材需要に即応した質の高い職業人を育成するとともに,専門高校卒業者の進学機会や社会人の学び直しの機会の拡大に資するため,教育再生実行会議第5次提言を踏まえ,実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の制度化に向けて検討を行う会議を開催することとする。

 今月から設置された「実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の制度化に関する有識者会議」について、第1回の配付資料が文部科学省HPに掲載されていました。私自身、職業教育や専門学校については非常に関心があり、弊BLOGでも度々取り上げてきたところです。

 この会議の第1回資料にある資料が一部界隈で話題になっています。

資料4 冨山和彦委員提出資料

我が国の産業構造と労働市場パラダイムシフトから見る高等教育機関の今後の方向性

  • Lの世界の生産性を向上させるためには、L型大学における「職業訓練の展開」が必要
  • 職業訓練の高度化を専門学校、専修学校の看板の架け替えに矮小化すべきではない!極一部のTop Tier校・学部以外はL型大学と位置づけ、職業訓練校化する議論も射程に!
  • L型大学(含む専修・専門学校)では、「学問」よりも、「実践力」を
  • 教員は「民間企業の実務経験者」から選抜し、実践的な教育を実施
  • 参考)なぜ「大学で」職業訓練を行うのか?⇒社会生産性(効率性)の追求

「L型大学って何!?」文部科学省が大学を職業訓練校化しようとしていたことが発覚し、ネット大炎上 - NAVER まとめ

 まず強調しておきたいのは、この資料は一有識者が個人的に提出した資料であり、文科省の総意ではないということです。中教審などでもそうですが、基本的に委員から資料を出すと言われた場合事務局はそれを拒むことはできません。事前にいただいた資料の内容に対して手を加えることもほとんどないでしょう。まして今回は第1回の会議ですので、ある程度方向性が固まり成果物のまとめを行っている会議後半ならともかく、この段階ではとりあえず委員の意見を出してもらうことを優先するでしょうね。(この資料の内容の是非については触れませんが、個人的には筋が悪い資料だと思っています。)

 さて、「実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の制度化に関する有識者会議」は、何を目指して設置されたのでしょうか。設置趣旨には、「新たな高等教育機関」とあります。つまり、これは「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について」(平成23年1月中教審答申)で提言されていた「新たな枠組み」の話であると推測できます。

  •  上述のような、現在の高等教育における職業教育の位置づけや課題、また実践的な知識・技能を有する人材の育成ニーズや高等教育機関が職業教育において果たす役割への期待の高まりを踏まえると、高等教育における職業教育を充実させるための方策の一つとして、職業実践的な教育のための新たな枠組みを整備することが考えられる。具体的には、卓越した又は熟達した実務経験を主な基盤として実践的な知識・技術等を教授するための教員資格、教員組織、教育内容、教育方法等や、その質を担保する仕組みを具備した、新たな枠組みを制度化し、その振興を図ることである。(P82)
  •  このような職業実践的な教育に特化した枠組み(以下「新たな枠組み」という。)が適切に整備されていくことは、各高等教育機関の特性に応じた職業教育の充実を促し、これまで発展してきた大学・短期大学・高等専門学校、専門学校の教育とあいまって、高等教育機関全体として、職業教育システムを構築・充実していくための契機となることが期待される。(P82)

 また、「今後の学制等の在り方について」(教育再生実行会議第五次提言)でも、以下の言及があります。

 社会・経済の変化に伴う人材需要に即応した質の高い職業人を育成するとともに、専門高校卒業者の進学機会や社会人の学び直しの機会の拡大に資するため、 国は、実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関を制度化する。これにより、学校教育において多様なキャリア形成を図ることができるようにし、高等教育における職業教育の体系を確立する。具体化に当たっては、社会人の学び直しの需要や産業界の人材需要、所要の財源の確保等を勘案して検討する。(P5)

 つまり、大学や専門学校がどうのこうのと言うのではなく、それら以外に高等教育機関に相当する機関を創出する新しい制度・枠組を検討するということでしょう。この趣旨は同検討会を担当しているのが、専修学校を担当する生涯学習政策局生涯学習推進課ではなく、生涯学習政策局参事官と高等教育高等教育企画課であるという点からも推測できます。

文部科学省組織令(平成十二年六月七日政令第二百五十一号)

第三款 課の設置等
第二目 生涯学習政策局
(参事官の職務)
第三十二条  参事官は、次に掲げる事務をつかさどる。
一  職業についての知識及び技能の習得の促進のための生涯学習に係る機会の整備の推進に関すること。

 選択肢が増えるという意味では非常に魅力的なことだと感じます。医師養成や看護師養成、獣医師養成、教員養成など国家資格に関する所謂免許学部や高等専門学校こそが既存の枠組の中で「実践的な職業教育を行う高等教育機関」であると考えており、それに類するような高度な職業教育を実施するような制度ができ、高校卒業生だけではなく社会人の学びの場として新たなステージに進むきっかけになるような学校ができれば良いなと思っています。

 そのためには、制度設計もそうですが社会との接続など、クリアしなければならない課題はたくさんあります。特に、学校は作ったけれども出口ニーズがないという事態は容易に想像できます。職業教育に近いところでは、理論と実務を架橋するとしてスタートした専門職大学院も、一部においてはその使命がうまく果たせていない状態に陥っています。

 本件に関する様々な言及を見ていると、「大学を専門学校に格下げ」という旨の発言も散見しました。本来、大学と専門学校はどちらの格が上か下かということはなく、単に設置目的等が異なる学校種なだけです。大学は専門学校よりも格が上であり大学が専門学校になるなんて恥ずかしいことだという意識自体が、職業教育に対する蔑視や能力主義に関する偏見に感じられ、非常にイヤな気持ちになりました。(過剰反応であることは自覚しています。)

 そうは言いつつも、現実には、勉強ができない子は普通科高校ではなく専門高校へ、大学ではなく専門学校へという流れがあるのもまた事実です。そのような流れに風穴を空けてほしいという期待も込めて、どのような形が成立しうるのかなかなか想像し難いところですが、検討状況に注目しています。