危機感とは一体何なのか

 大学職員をしていると「危機感」というワードを聞くことがあります。例えば、以下のような言説ですね。

第1弾「“危機”の時代の大学経営」|ワオ・コーポレーション 文教ソリューション事業部

 まず、危機認識を持っているかどうか、これが大学の「存在」を強める改革への出発点です。そして改革を実行するためには、その危機感を組織的に共有していくことが必要です。簡単なことではありません。しかし誰かが始めなければなりません。それを実行していくのは、ここにお集まりの皆様に他ならないのです。そういう気持ちをぜひ持っていただきたいと思います。

大学教職員の職能開発中央教育審議会大学分科会制度・教育部会資料)

私学高等教育研究所 :アルカディア学報|日本私立大学協会

 また、2005年に大学行政管理学会の研究グループが行った理事長・学長の大学職員に対する問題意識調査では、教職協働を進めるにあたっての課題として、「危機感の共有」が多く挙げられています。私学高等教育研究所が2009年に行った「事務局職員の力量形成に関する調査」においても、事務局の業務運営を担う「職員の力量や職場のあり方での不足点や課題」について見ると、「現状に対する危機感が希薄である」という項目が高い割合となっているようです。

 弊BLOGで言及した事柄でも、危機感というワードは出てきています。

シンポジウム「大学改革とケイパビリティ」の議事メモ - 大学職員の書き散らかしBLOG

•(神田)日本の大学は多様性や敏捷性などが不足しているという印象がある。日本の大学は、
1.資金面でのディシプリンが弱い。研究費は増加しており、研究費の基金化も併せ、制度的にも優遇してきたところ。成果が出ないというのは、国費投入を続ける際には辛い。モラルハザードも心配。過去に国際競争力を失ったセクターと酷似しているところもある。人口減少など、大学関係者の間で危機感が共有されているとは言えない状況ではないか。

国立大学一般職員会議(コクダイパン会議)-コクダイパン会議について

 平成 19 年 2 月 5 日。全ての始まりは、とある国立大学の若手一般職員からの呼びかけでした。
 「法人化して 3 年が経とうというのに、大学組織は旧態依然としたままである。このまま、私たち若手職員は、安穏と過ごしていて良いのか。私たち自らの手で、全国の若手職員が集う『決起大会』を開催し、皆のモチベーション向上を図りたい。」
 この呼びかけに対し、所属大学は違っても、同じく焦燥感とも言うべき『危機感』を抱えていた全国の有志たちは、迷うことなく、すぐに「賛成!」と、呼応しました。こうして第 1 回「国立大学一般職員会議」(以下、「コクダイパン会議」)が動き出したのです。

 この「危機感」ですが、率直に言って、私はそれほど強い危機感は持っていないと自認しています(まったくないというわけではありませんが。。。)。そのため、危機感という言葉や「危機感の共有が必要」という言説を聞くたび、ちょっと不思議な気持ちになります。一体危機感とは何で、それを共有するとはどのようなことなのか、危機感は何をもたらすのでしょうか。

ききかん【危機感】の意味 - 国語辞書 - goo辞書

今のままでは危ないという不安や緊迫感。

 辞書では、危機感は上記のように定義されています。概ね予想とおりですね。未来の状況を推測した上で、「今」つまり現在の状態が脅かされるという不安を感じることと読み取れます。この場合、未来の状況をどのように推測するかが危機感の醸成に関係していそうです。大学業界ですと少子化が代表的なところでしょうか。

 では、一体「何」の現状に対し不安を感じるのでしょうか。想定できるのは自分自身や所属する組織、あるいは他人や無機物ということもあるかもしれません。下記BLOGでは、自己が脅かされると感じられる状況にするのが危機感を持つためのコツの一つと言及しています。

危機感を持つには『自己』が脅かされるって感じられる状況にするのが重要

危機感が出てくる状況とは?

  1. “大事にしている気持ちが失われる”という状況
  2. “自分の当たり前の権利がこのままだとなくなる”という状況
  3. “今まで頑張って得てきた物を失う”という状況
  4. “自分だけが取り残される”という状況 

 ここで言及されているのは、個人が危機感を持つという事ですね。現在の状況を切実に感じられるかという点が重要だと感じました。ただ、これはあくまで個人の危機感ですので、個人の危機感をそのまま同一組織内の他者と共有することは困難でしょう。そのため、危機感の対象範囲を組織までに拡張する必要があります。

 上記4条件を大学という組織に合わせて改編すると、

  1. “本学が大事にしている思い・考え方が失われる”という状況
  2. “本学の当たり前の権利がこのままだとなくなる”という状況
  3. “本学が今まで頑張って得てきた物を失う”という状況
  4. “本学だけが取り残される”という状況

でしょうか。このように考えるためには、自己意識を組織にまで拡張できるような転換が必要であり、組織への帰属性や依存性がそれに影響を与えると考えます。

 危機感とは、ただの感情であり、感情のまま個人の内面に留まる限り何の効果も生じません。むしろ、危機感のみが募る状況は個人にとって非常にストレスフルであり、精神衛生上悪影響を与えるとも考えられます。危機感から行動へ繋がることが大切なのでしょう。いわば、モチベーションの源泉として危機感が果たす役割があると考えます。このことについては、下記BLOG等にて言及されています。

危機意識を持つために

 仕事の原動力は人それぞれだと思いますが、僕は危機感がモチベーションになっているタイプです。それだけがモチベーションというと寂しい気もしますが、ビジネスパーソンの成長には少なくとも危機感は必要なものであるはずです。しかし、ずっと同じ環境にいると、そもそも危機意識を持ちにくかったり、元々持っていた危機意識が次第に希薄になってしまう傾向があると思います。そんな時は、時折自分の置かれている状況を俯瞰して見て、自己評価の物差しを取り替えてみるべきではないでしょうか。

【12】組織メンバーのやる気を引き出す要素とは? (2/3) | BPnetビズカレッジ | nikkei BPnet 〈日経BPネット〉

・モチベーションの大きさを決める公式=
「(1)目標の魅力(やりたい)」×「(2)達成可能性(やれそう)」×「(3)危機感(やらねば)」

 危機感は、行動の呼び水になるということですね。経験から考えると概ね正しいなと感じます。ただし、危機感が行動に直結しては、ただの猪突猛進型になる可能性があります。

 「今のままではダメだ!」というのは、あらゆる状況にて誰もが抱く可能性のある考えです。では、どのような形が理想型なのか、成したい姿はどのようなものでしょうか。「ダメ」を変えた先にある未来が意味のあるものかどうかは、「今のままではダメだ!」からは見えてきません。そのため、一体自分はなぜそれをダメだと思ったのか、どのような姿が理想なのかを考えないといけません。危機感は「~~したい」という意志や意欲に接続するものではないかと思います。

 『VIEW21』大学版 2014年度 Vol.1 春号の「学生を主体的な学びへ導く取り組み事例 -FSP講座-」には、学生の主体性を引き出すモデル図として、下図が示されています。

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 円状に配置された5要素が、学生の主体性を引き出すと整理しています。ここからもわかるとおり、危機感とは主体性・行動を引き出す一要素でしかないということです。

 危機感を共有し行動をした例としては、以下の例があります。

特集 「学校力」を考える(2)「学校経営力」を高める 実践のヒント:名城大大学院 大学・学校づくり研究科教授 木岡一明 危機感を抱いたミドルが3人集まれば新たな一歩が踏み出せる VIEW21[高校版]2006.06 -ベネッセ教育総合研究所

―本誌は進路指導主任などミドルリーダー的な立場の先生によく読まれています。その先生方が教科や分掌の枠を越えて学校改革を推進しようとするとき、具体的にどのような対策が有効でしょうか。

木岡:「このままではダメだ。学校を変えよう」という教師をほかに2人集め、3人にすることです。できれば同じミドル層がよいでしょう。

―なぜミドル層で、しかも3人なのですか。

木岡:学校は、校長のトップダウン的な指示だけでは教員組織全体を動かすのは難しく、一方、ボトムアップだけでもうまく機能しない組織です。特に高校の場合、一般の教師は教科の枠の中で自らの存在を規定しがちなので、学校全体を横につなげていく発想は、ボトムからはなかなか生まれにくいのです。ですから、学校全体を見渡せる位置にいるミドルが鍵を握るわけです。 また、3人という意味は、まず1人では限界があります。2人ではどちらかが上、下という主従関係になりがちです。でも、3人なら1人の意見が必ず相対化されるのです。

 少人数で危機感を共有し行動に移したという高校の事例です。うまいやり方だなと思います。もし大人数で危機感が共有できたときは、すでにその組織にとって危機的な状況にあると考えてよいでしょうね。

 危機感から行動に繋げるためには、一人でがんばるのも手ですが、同じような思いを持つ者で集まるということも一手です。人事異動での担当業務変更に思う 〜専門性を連続させる〜 - 大学職員の書き散らかしBLOGでも言及したとおり、ネットワーク形成には様々な効用があります。

 ちょっとフワフワした感じで言を進めてきました。総じて、危機感とは、意志醸成や行動などに繋がる一要素でしかなく、危機感のみを持っていても仕方ないと感じています。その危機感を行動に移すためにも、ネットワーク形成が良い役割を果たすのでしょう。

 また、明確な意志などがあり行動に繋げていれば、必ずしも危機感を持つことは要しないと考えます。ただし、危機感とは現状把握意識でもありますし、全くないというのは適切ではないかもしれません。様々な情報公開を以て、適切な危機感を抱くというのが健全なのでしょう(「危機感」という言葉に対し、「適切」や「権全」という言葉の対応が違和感があるところですが。。。)。逆に言えば、情報公開が進むことにより、ベンチマークができるようになり、自大学の位置を適切に把握することで、適切な危機感を抱けるようになるのかもしれません。

 ただし、危機感がない者に危機感を抱かせることが適切なのかは、ちょっとわからないところです。危機感がないということは、自己が脅かされると感じられる状況ではないと判断しているわけです。その場合、そのような状況ではなくあなたも脅かされてますよと説き伏せるしかないわけですが、切実性を持ってそれを感じてもらうのはなかなか難しいですね。あるいは、その者の意志醸成や行動に繋げるために、危機感以外の要素(目標形成など)を刺激するということもありえるのかもしれません。

 あまりオチてませんが、今回はこのあたりで。