研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン(案)に思う 〜法令遵守とコンプライアンス〜

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 この度、文部科学省では、「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」案を新たに定めることにしています。つきましては、本件に関し、行政手続法第39条などに基き、「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」案について、パブリックコメント(意見公募手続) を実施いたします。

 「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」案のパブコメがでていました。意見提出締め切り日は8月1日です。以降、当該案から気になった内容を確認します。

研究活動における不正行為とは、研究者倫理に背馳し、上記1及び2において、その本質ないし本来の趣旨を歪め、科学コミュニティの正常な科学的コミュニケーションを妨げる行為に他ならない。具体的には、得られたデータや結果の捏造、改ざん、及び他者の研究成果等の盗用に加え、他の学術誌等に既発表又は投稿中の論文と本質的に同じ論文を投稿する二重投稿、論文著作者が適正に公表されない不適切なオーサーシップなどが不正行為の代表例と考えることができる。こうした行為は、研究の立案・計画・実施・成果の取りまとめの 各過程においてなされる可能性がある。なお、科学的に適切な方法により正当に得られた研究成果が結果的に誤りであったとしても、それは不正行為には当たらない。(P4)

 研究活動における不正行為とはどのようなものかを示しています。ただ、あくまで例示で留まっているため、その範囲はイマイチはっきりしません。

なお、不正行為への対応の取組が厳正なものでなければならないことは当然であるが、学問の自由を侵すものとなってはならないことはもとより、大胆な仮説の発表が抑制されるなど、研究を萎縮させるものとなってはならず、むしろ不正への対応が研究を活性化させるものであるという本来の趣旨を忘れてはならない。(P4)

 「不正への対応が研究を活性化させる」というロジックがよくわからないという印象です。公正な研究を推進することで公正な競争環境を生じさせ、研究活動が活性化するということでしょうか。

不正行為に対する対応は、研究者の倫理と社会的責任の問題として、その防止とあわせ、まずは研究者自らの規律、及び科学コミュニティ、研究機関の自律に基づく自浄作用としてなされなければならない。自律・自浄作用の強化は、例えば、大学で言えば研究室・教室単位から学科・専攻、更に学部・研究科などあらゆるレベルにおいて重要な課題として認識されなければならない。(P5)

 不正行為への対応は、まずは研究者個人等の自律から始まるということですね。

このような指摘等の背景には、これまで不正行為の防止に係る対応が専ら 個々の研究者の自己規律と責任のみに委ねられている側面が強かったことが考えられる。今後は、研究者自身や科学コミュニティの自律を基本としながらも、研究機関が責任を持って不正行為の防止に関わることにより、不正行為が起こりにくい環境がつくられるよう対応の強化を図る必要がある。特に、研究機関において、組織としての責任体制の確立による管理責任の明確化や不正行為を事前に防止する取組を推進すべきである。(P5)

 前段で、不正行為への対応はまずは研究者個人等の自律から始まると言っておきながら、これまでは個人の自律のみに頼ってきたため良くなかったと言っています。ここから、本ガイドラインは、機関として不正行為防止を強化する趣旨であることが推測できます。

このため、研究機関においては、「研究倫理教育責任者」の設置などの必要な体制整備を図り、所属する研究者、研究支援人材など、広く研究活動にかかわる者を対象に定期的に研究倫理教育を実施することにより、研究者等に研究者倫理に関する知識を定着、更新させることが求められる。このような自律性を高める取組は、学生や若手研究者の研究活動を指導する立場の研究者が自ら積極的に取り組むべきである。(略)配分機関においては、所管する競争的資金等の配分により行われる研究活 動に参画する全ての研究者に研究倫理教育に関するプログラムを履修させ、 例えば履修証明などを提出させることで研究倫理教育の受講を確実に確認していくこと、研究倫理教育責任者の知識・能力の向上のための支援その他の研究倫理教育の普及・定着や高度化に関する取組が求められる。(P7)

 研究倫理教育の受講や配分機関における研究倫理教育の受講状況把握などが書かれています。実際に配分機関に研究倫理教育の受講状況を提出することは、例えば大学での受講者に受講修了証を発行することなどが想像できますが、やれないことはないけれども結構手間がかかりそうだなという印象です。研究倫理教育と言えば、CITI Japan プロジェクトが思いつきますが、対象範囲が限られており、特に人文社会科学系研究へはどのように対応するのか、悩ましいところです。

このことから、研究機関において、研究者に対して一定期間研究データを 保存し、必要な場合に開示することを義務付ける旨の規程を設け、その適切 なかつ実効性のある運用を行うことが必要である。なお、保存又は開示する べき研究データの具体的な内容やその期間、方法、開示する相手先について は、データの性質や研究分野の特性等を踏まえることが適切である。(P8)

 研究データを一定期間保存するということが書かれています。保存主体は研究者個人なのか機関なのか、一定期間とはどの程度なのか、ちょっとイメージがわかないところです。米国アイオワ大学図書館、研究者がデータ管理のために必要としているサービスに関する調査報告を公表 | カレントアウェアネス・ポータルでは、アイオワ大学における研究データ保管等の研究者アンケート結果が書かれています。原文を確認すると、例えば、データを保存するストレージについては、研究者は低容量、高コスト、コラボレーションの難しさなどを挙げています。研究者個人による保存にせよ、機関による保存にせよ、機関内の情報環境の整備が必要でしょう。

本節で対象とする不正行為(特定不正行為)は、投稿論文など発表された研究成果の中に示されたデータや調査結果等の捏造、改ざん及び盗用である。(略)このような研究者倫理に反する行為については、どこまでが不正行為に当 たるのか、学協会や学術誌の投稿規程等において、各研究分野において不正 行為が疑われた事例や国際的な動向等を踏まえて、その詳細を検討して必要 なルールを整備し、当該行為が発覚した場合の対応方針を示していくことが 強く望まれる。なお、このような行為についても、研究倫理教育において、 その在り方を研究者等に徹底させる必要があることは言うまでもない。

 どこまでが不正行為に当たるかは各分野により異なるという旨が書かれています。この検討を行うのは各学協会等のようですが、それを基に大学等が倫理教育を行うということでしょうか。各学協会等がきっと温度差があると思いますので、実質的には捏造、改ざん及び盗用の基本的な部分は大学は担い、必要に応じて分野毎に対応といったところでしょう。

研究・配分機関は、悪意(被告発者を陥れるため、又は被告発者が行う研 究を妨害するためなど、専ら被告発者に何らかの損害を与えることや被告発 者が所属する機関・組織等に不利益を与えることを目的とする意思。以下同 じ。)に基づく告発を防止するため、告発は原則として顕名によるもののみ 受け付けることや、告発には不正とする科学的な合理性のある理由を示すこ とが必要であること、告発者に調査に協力を求める場合があること、調査の 結果、悪意に基づく告発であったことが判明した場合は、氏名の公表や懲戒 処分、刑事告発がありうることなどを機関内外にあらかじめ周知する。(P13)

 「悪意に基づく告発」とそうではない告発をどのように見分けるのは難しいですね。告発自体、結果的あるいは経過的に被告発者や機関に対し調査コストなど不利益が生じることになりますし、不利益を与えることを目的とするかをどのように判断するのでしょうか。外部からどう見えるにしろ、告発者自身が「悪意」を自覚していない場合も多いでしょうし。ただ、周知すること自体は予防線としても良いとは思いますが。

調査機関は、調査委員会を設置したときは、調査委員の氏名や所属を告発者及び被告発者に示すものとする。これに対し、告発者及び被告発者は、あらかじめ調査機関が定めた期間内に異議申立てをすることができる。(P15)

 調査委員会のメンバーに対しても異議申し立てができるのですね。

なお、運営費交付金や私学助成等の基盤的経費は、特定の研究活動又は研究者ではなく、研究機関を対象に措置されるものであり、その管理は研究機関に委ねられている。このため、基盤的経費の措置により行われた研究活動における特定不正行為に関し、研究費の返還に関する取扱いは、本ガイドラインでは一律に対応を定めておらず、研究機関において適切な対応が求められる。(P20)

 不正行為に係る外部資金以外の基盤的経費に関する返金については、各機関で考えろということでしょうか。該当する金額をどのように特定するかは、難しい問題だと感じています。

文部科学省が管理条件の履行状況について行う確認の結果において、管理 条件の履行が認められないと文部科学省が判断した場合、競争的資金の配分 機関は、当該研究機関に対する競争的資金における翌年度以降の間接経費措 置額を一定割合削減する。(P21)

 機関が適切な管理体制ではなかった場合、機関に配分する間接経費を削減すると書かれています。これは、研究不正に関する研究費に係る間接経費のみならず、機関に対し配分される全ての間接経費を対象としていると読み取れます。これを以て、機関が管理体制を構築する必要性を示すということでしょうか。

 ところで、今回のガイドラインの位置づけはどこにあるのでしょうか。研究経費については、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律補助金適化法)で大まかなところが定められています。

補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律

(この法律の目的)
第一条  この法律は、補助金等の交付の申請、決定等に関する事項その他補助金等に係る予算の執行に関する基本的事項を規定することにより、補助金等の交付の不正な申請及び補助金等の不正な使用の防止その他補助金等に係る予算の執行並びに補助金等の交付の決定の適正化を図ることを目的とする。

 一方、研究活動に係る不正行為については、動物実験など個別の規制はありつつも、研究不正を総じて規制等した法律はありません。このような状況は、以下の論文で概況が記載されています。

立法と調査 261号(平成18年10月27日):参議院ホームページ

研究活動にかかわる不正行為

  •  科学者は、「学問の自由の下に、自らの専門的な判断により真理を探究するという権利を享受するとともに、専門家として社会の負託に応える重大な責務を有する」ことから、 不正行為を行った科学者に対しては、科学者社会が科学者としての名誉喪失などの社会的制裁を科すことによって、再発の防止に努めてきた。また、国民も、このような科学者社会の自浄作用をもって了としていた。しかし、相次ぐ不正は科学技術に対する国民の信頼への背信行為であり、原因の究明と再発防止が不可欠であることから、国及び関係機関等は、不正行為の防止、発生時の対応等を定めたルールを明確化し、科学者のモラル向上を図るための取組を開始した。(P112)
  •  研究活動にかかわる不正が次々と発覚する事態を受け、関係府省、大学・研究機関等はルール作りに追われており、これまで我が国の科学界が「科学者の良心」にのみ頼ってきたことの限界の現れであると言われている。公的研究費にかかわる不正は、端的に言えば公金の横領・詐取に類する行為であり、新たな科学的知見を創造する科学研究の本質とは別の問題である。研究費の不正使用に関しては、制度の改善により防止することは可能であることから、国や関係機関は、研究費管理を大学や研究機関の責任で行う体制を整備する必要がある。一方で、研究成果の捏造・盗用等の不正は、「科学の本質に反するものであり、人々の科学への信頼を揺るがし、科学の発展を妨げ、冒涜するもの」であり、憲法第23条の「学問の自由」の観点からも、国が介入や干渉すべきものではない。関係者の間では、論文の不正について「研究者社会が自律的に改善に取り組むべき」「法律や規制によって論文の 不正を防止しようとすれば、創造的な研究活動の停滞を招く。」(野依良治理化学研究所理事長)、「政府による規制や不正の摘発は最終手段である。まずは、日本に固有の課題は何かを科学界が判別し、時代により適した解決策を見つける必要がある」(黒川清・日 本学術会議会長)として、国による過剰な規制が行われることを懸念する声もある。(P119)
  •  研究活動にかかわる不正は、「学問の自由」を研究者自らが放棄する行為であるだけでなく、国として「社会・国民に支持される科学技術」を目指すに当たって極めて深刻な事態である。すべての研究者は、研究者倫理の重要性と社会的責任の重さを認識し、自己規律の確立に努める必要がある。国、配分機関、大学、研究機関等の関係機関は、公費を投下されているという自覚の下、不正行為への対応に必要な体制の整備やルールづくりに万全を期すとともに、一方で研究活動の萎縮を招くことのないよう留意する必要がある。(P120)

 この問題は、法令遵守コンプライアンスに関連します。様々な論があることは承知していますが、私は基本的には法令遵守コンプライアンスは異なると考えています。そのため、「法令遵守コンプライアンス)」と書かれていると、非常にモヤモヤしてしまいます。

 法令遵守とは法令を守るということであり、これは当たり前のことです。一方、コンプライアンスとは、法令に書かれていないけれども社会通念や個人・組織等が属するカテゴリーに示されたルール等に応えることだと考えています。非常に簡単な形ですが、イメージを下図に示します。

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 これに関連し、弁護士で総務省顧問の郷原信郎は、「コンプライアンスとは、単なる法令遵守ではなく、社会的要請に適応することである」と述べています。

法令遵守がコンプライアンスではない ~ パロマ事件の教訓 / SAFETY JAPAN [特集] / 日経BP社

 コンプライアンスは日本語では「法令遵守」と訳されているが、桐蔭横浜大学法科大学院教授・同大コンプライアンス研究センター長の郷原信郎氏は法令を守ることだけがコンプライアンスではないと指摘する。「コンプライアンスはもともと『充足する』『調和する』という意味であり、工学的には『物体のしなやかさ』を示す言葉です。すなわち、コンプライアンスとは組織に向けられた社会的な要請に応え、しなやか、かつ鋭敏に反応しながら、企業の目的を実現していくことです。したがって法令規則をそのまま守ることがコンプライアンスではありません」

 ただ、この場合、「社会的要請」の有無やその内容をどのように判断するかが、難しいところですね。だからこそ、常にそれを考え、対応していくことが大切なのでしょう。

 今回の「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」についても、社会から要請されている事項に応える、コンプライアンス事項だと考えます。臨床研究や薬品管理、動物実験、幹細胞研究など、特に理系の研究を巡る規制はどんどん増えています。個別最適ではなく全体最適を睨んだ機関全体のデザインをどのように行うのか、悩ましいところです。