内部通報は大学に広まるのか。
11月に開催された国立大学法人評価委員会(第58回)の議事録が公表されています。読んでいるといろいろ思うところはあるのですが、特にコンプライアンスの在り方について、議論の俎上に上がっています。
【水野委員】先ほどのコンプライアンスなんですけど、根本的に考え方が合ってないなと思うところがありまして。多分、小山課長の御発言も他意はないと思うんですけど、大学が多様な活動をしているとおっしゃいましたが、コングロマリットで世界中でビジネスを展開している民間企業に比べたら、全然多様ではないわけでありまして、やはり1つでもインシデントが出るとかいうのは正直論外ですし、それを吸い上げられないような状態になっているとすれば、それは根本的なシステム的な欠陥があるとしか思えないので、やはりそこは、それでいいでしょうということではないと思います。
【田籠委員】逆の指摘をさせていただきたいんですが、私も民間企業なんですけれども、民間企業の方が圧倒的に不正案件が露見しております。その場合、大規模なものしか報道されませんが、私は民間企業にて、懲戒も担当しておりましたけれども、毎年数十件の懲戒案件がございます。けん責レベルになると、もう数百件になります。そうしますと、民間の方がむしろ襟を正さなければならない立場だろうと思います。それがゆえに、コンプライアンスの体制、インフラ、システム化等を進めています。
一方、国立大学は公的機関なので、そもそも襟を正されている方々がきちっと運営されていますので、案件としては、私は少ないなと感じています。いずれにしても、お金が掛かりますね。コンプライアンスの制度を作るにしろ、情報セキュリティ強化、システム投資していくにしろ、投資が必要になってきますので、評価の観点というよりは、大学法人の1つの形、スキームの中にコンプライアンスや体制整備、システム化は、別の予算取りでやっていかないと。コンプライアンスだけ強化しますと活動が萎縮していきますので、本来の研究活動がマイナスに走らないように、不正が出てきたところは厳格に処罰するけれども、通常は性善説をとるべきではないでしょうか。研究費不正は、非常に金額も小さいですし、私は、余り大きな問題として本委員会で捉える点なのだろうかと思って聞いておりました。
このように審議会の中でバランスをとれる委員の方は素晴らしいなと感じています。少し驚いたのが、以下の発言です。
【國井委員】内部通報の件数が余りにも少ないと、企業は、それは問題じゃないか、下からちゃんと上がってきているのかということを見ます。そういう統計的な把握も仕組みとしてした方がいいのではないかと思います。
内部通報の件数を企業経営の指標とするとは知りませんでした。実際には、どのように運用されているのでしょうか。
内部通報制度について
内部通報制度は、法令違反等の早期発見と未然防止を主な目的として設置されることが多く、組織内外の者からの申告を受付け、調査・対応するために会社の内部に整備される制度です。 法令違反、規程違反、セクハラなどの個別の問題を処理するだけでなく、企業風土、内部統制の改善を行なうことを目的とする場合もあります。
内部通報制度とは、組織内外からの申告を受け付け対応する制度であるようです。ざっと調べたところ、内部告発との違いはよくわかりませんでした。内部通報者の保護を定めた公益通報者保護法では、公益通報や保護すべき公益通報者について、以下のとおり定められています。
公益通報者保護法
(定義)
第二条 この法律において「公益通報」とは、労働者(労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第九条に規定する労働者をいう。以下同じ。)が、不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的でなく、その労務提供先(次のいずれかに掲げる事業者(法人その他の団体及び事業を行う個人をいう。以下同じ。)をいう。以下同じ。)又は当該労務提供先の事業に従事する場合におけるその役員、従業員、代理人その他の者について通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしている旨を、当該労務提供先若しくは当該労務提供先があらかじめ定めた者(以下「労務提供先等」という。)、当該通報対象事実について処分(命令、取消しその他公権力の行使に当たる行為をいう。以下同じ。)若しくは勧告等(勧告その他処分に当たらない行為をいう。以下同じ。)をする権限を有する行政機関又はその者に対し当該通報対象事実を通報することがその発生若しくはこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者(当該通報対象事実により被害を受け又は受けるおそれがある者を含み、当該労務提供先の競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがある者を除く。次条第三号において同じ。)に通報することをいう。
一 当該労働者を自ら使用する事業者(次号に掲げる事業者を除く。)
二 当該労働者が派遣労働者(労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律(昭和六十年法律第八十八号。第四条において「労働者派遣法」という。)第二条第二号に規定する派遣労働者をいう。以下同じ。)である場合において、当該派遣労働者に係る労働者派遣(同条第一号に規定する労働者派遣をいう。第五条第二項において同じ。)の役務の提供を受ける事業者
三 前二号に掲げる事業者が他の事業者との請負契約その他の契約に基づいて事業を行う場合において、当該労働者が当該事業に従事するときにおける当該他の事業者
また、上場企業が守るべき指針である「コーポレートガバナンスコード」には、内部通報について以下のとおり原則が定められています。
【原則2-5.内部通報】
上場会社は、その従業員等が、不利益を被る危険を懸念することなく、違法または不適切な行為・情報開示に関する情報や真摯な疑念を伝えることができるよう、また、伝えられた情報や疑念が客観的に検証され適切に活用されるよう、内部通報に係る適切な体制整備を行うべきである。取締役会は、こうした体制整備を実現する責務を負うとともに、その運用状況を監督すべきである。
補充原則
2-5① 上場会社は、内部通報に係る体制整備の一環として、経営陣から独立した窓口の設置(例えば、社外取締役と監査役による合議体を窓口とする等)を行うべきであり、また、情報提供者の秘匿と不利益取扱の禁止に関する規律を整備すべきである。
消費者庁が作成した「公益通報者保護法を踏まえた内部通報制度の整備・運用に関する民間事業者向けガイドライン」では、民間事業者が内部通報制度を構築する際の留意点が整理されています。
これらをざっと読んだのですが、そもそもどのような事象が内部通報の対象となり得るのかについては、いまいち理解することができませんでした。少なくとも、公益通報者保護法では、公益通報の対象となる事象については、法律違反等限定されています。
各国立大学とも公益通報に関する取扱いや公益通報者の保護に関する規程を整備していますが、その対象は法令や規程違反が主となっている印象です。また、中央大学では、不適切な行為について通報を受け付けるとなっています。
【公益通報(内部通報)制度について】
学校法人中央大学(以下「本学」という。)では、本学の業務に関して、法令又は本学が定める諸規程等に違反する行為や研究・教育・管理運営を損ねる不適切な行為(以下「不適切な行為」という。)について、早期に発見し是正措置を講じる目的で、内部監査室内及び本学外の機関に通報受付窓口を設置しています。
【通報できる人】
本学教職員及び派遣労働者、業務受託者、本学に在籍している学生生徒からの通報・相談を受け付けます。
【通報・相談内容】
本学の業務に関して、法令や本学が定める諸規程等に違反する行為や不適切な行為が、組織的または個人的になされている(またはなされようとしている)場合に、その違反・不適切な行為についての通報を受け付けます。
内部通報制度の実態について
民間事業者における内部通報制度の実態については、消費者庁が調査しています。
(1)内部通報制度の導入の有無(問3)
内部通報制度(*)を「導入している」事業者は全体の46.3%、「検討中」は13.2%、「導入する予定なし」は39.2%であった。「導入していたが廃止した」は0.1%(2事業者)であった。
従業員数別にみると、従業員数の多い事業者ほど、内部通報制度を「導入している」割合が高い。1,000 人を超える事業者では9割超が「導入している」一方、“50 人以下”では「導入している」が約1割(9.3%)であり、今後も「導入する予定なし」とする事業者は7割を超えている(73.7%)。
内部通報制度の導入は必ずしも全ての企業で行われていないようです。
6.通報対象事実の範囲(問7)
内部通報制度を「導入している」と回答した事業者(n=1,607)に対し、内部通報制度で対象としている通報内容にはどのようなものが含まれるかを尋ねた。
「会社のルールに違反する行為(就業規則等に違反する行為)」(68.9%)、「法令違反行為(公益通報者保護法の対象となる法令違反行為に限定していない)」(68.4%)、「職場環境を害する行為(パワハラ、セクハラなど)」(65.7%)が7割程度と高く、次いで「その他の不正行為」(51.2%)が続く。「限定していない」は24.5%であった。
公益通報者保護法の対象となる法令違反以外にも、広く内部通報の対象としている企業が多いようです。
(1)過去1年間に通報窓口に寄せられた内部通報件数(社内外合計)(問12)
通報受付窓口を社内外のいずれかに「設置している」と回答した事業者(n=1,592)に対し、過去1年間に通報窓口(社内・社外)に寄せられた内部通報件数を尋ねた。
「0件」が41.6%で最も高く、次いで「1~5件」(30.5%)と続く。通報件数が1件以上あった事業者の割合の合計は51.6%であった。従業員数別にみると、従業員数の少ない事業者ほど通報件数「0件」の割合が高い傾向が見られ、“50 人以下”では69.0%を占めているのに対し、“3,000 人超”では4.4%となっている。一方、「50件超」の割合は、3,000 人以下の事業者では1%に満たないのに対し、“3,000 人超”では11.9%となっている。
従業員の人数により、寄せられる内部通報の件数が異なるようです。もし、大学の教職員及び学生を従業員と仮定した場合、規模としては3000人超となる大学が多いでしょうから、一定数の内部通報の潜在的ニーズがあるのかもしれません。
(1)通報窓口に寄せられた通報の内容(問16)
通報受付窓口を社内外のいずれかに「設置している」と回答した事業者(n=1,592)に対し、通報窓口(社内・社外)に寄せられる通報の内容を尋ねた。
「職場環境を害する行為(パワハラ、セクハラなど)」が55.0%で最も高く、次いで「不正とまではいえない悩みなどの相談(人間関係など)」(28.3%)、「会社のルールに違反する行為(就業規則違反など)」(27.5%)の順となった。「窓口を設置して以来、通報はない」は20.6%であった。
やはり、法令違反のみならず、幅広い内容の通報が行われているようです。
こうした考え方を基本に置き、東洋経済CSR調査で集めた「内部通報件数(相談等も含む)」をランキングとして発表している。今年のランキング対象は『CSR企業総覧(ESG編)』2017年版掲載1408社のうち内部通報の件数などを開示している537社。このうち2015年度の件数で上位100社をランキングした(『CSR企業白書』2017年版には200位まで掲載)。
週刊東洋経済の内部通報件数ランキングでは、100人に一人が通報するという状態が一つの参考目安になるとしています。
大学ガバナンスコードの可能性について
ここまでガバナンスの話を行ってきたのは、「大学ガバナンスコード」が今後政策の場に登場するのではないかと考えているからです。大学ガバナンスコードとは大学監査協会が策定中のものであり、現時点での策定状況は不明です。ただ、様々な政策文書にちらほらと関連する記述が見られ、今後大学ガバナンスの一つの在り方として確立している可能性があり得るかもしれないと思っています。以下にウェブでみられるものを一部示しますが、いくつかのウェブに出ていない資料でもチラリとその名称を目にしました。
私立大学等の振興に関する検討会議「議論のまとめ」
<大学の自主的なガバナンスの一層の向上に向けて>
○法令の規定によるものだけではなく、上場企業における「コーポレートガバナンス・コード」のように、私学団体や文部科学省等が協力して、私立大学が公共性と公益性を確保し、社会的責任を果たすためのガバナンスの在り方のガイドラインや留意すべき点等を示し、各学校法人における自主的な取組を促進することもきわめて有効であると考えられる。
松山内閣府特命担当大臣閣議後記者会見要旨 平成29年11月17日
(答)昨日総理から指示がありましたのは、若手研究者の活躍促進のための整備と大学改革というところであります。
大学のガバナンス改革につきましては、有識者の議員から、プロボスト制度の拡大等を通じた経営と教学の機能分担、また1法人複数大学経営等の組織再編、三つ目に大学ガバナンスコードの策定等を行うべきと具体的な提案がございました。これらを踏まえて、大学が我が国のイノベーションの中核の拠点となるための取組、これを林文科大臣とも連携して、まずは強力に進めていきたいというふうに思っております。
総合科学技術・イノベーション会議(第32回)議事次第(経済財政諮問会議合同会議として開催)資料4-2「生産性革命」のためのイノベーション創出に向けて(参考資料)(有識者議員提出資料)
改革後の研究大学
①ガバナンス~経営型大学運営
経営と教学の機能分担(プロボスト制度拡大等)
組織再編(一法人複数大学経営等)
産業界等の外部理事の複数登用ルール化
大学ガバナンスコードの策定
大学監査協会の大学ガバナンスコートには、内部通報に関して以下の記載があります。なお、主として学校法人を対象としたものですが、別途読み替え表により、国立大学法人や公立大学にも適用できるようにしてあるようです。
【原則2-3 大学特有のリスクへの対応】
学校法人とその設置大学は、大学教職員の職務には、教育研究の枠組み設定、教育の研究実施及びそれらの成果への評価が含まれていることから、各種ステークホルダーとの関係で利益相反等大学特有のリスクが構造的に内包されるものであることを認識し、これらのリスクが忌避又は回避されるよう、適切な対応を行うべきである。とくに、学長、副学長及び学部長等の設置大学の校務をつかさどる者は、教育研究の自由を確保しつつ、これらのリスクを回避するために、リーダーシップを発揮すべきである。
補充原則
2-3① 学校法人とその設置大学は、大学における人的関係が、複雑な地位及び身分を有する者によって構成されており、アカデミックハラスメント等の大学に固有な問題の背景となっていることを認識し、対応を行うべきである。
2-3② とくに教員は、自らが教育研究の枠組みを設定し、学生に指導し、学生を評価するという特殊な地位を占めていることを強く自覚し、そこから生ずるリスクの忌避又は回避に積極的に取り組むべきである。
【原則2-4 内部通報】
学校法人とその設置大学は、その学生及び教職員等が、不利益を被る危険を懸念することなく、違法又は不適切な行為・情報開示に関する情報や真摯な疑念を伝えることができるよう、また、伝えられた情報や疑念が客観的に検証され適切に活用されるよう、内部通報に係る適切な体制整備を行うべきである。理事会は、こうした体制整備を実現する責務を負うとともに、その運用状況を監督すべきである。
補充原則
2-4① 学校法人とその設置大学は、可能な限り通報窓口を学外にも設けるべきである。
2-4② 学校法人とその設置大学は、内部通報及びそれへの対応が、教育研究を妨害する不当な手段として用いられることのないよう、十分な措置を講じるべきである。
国立大学法人にとっては国が決めたガバナンス(のようなもの)に沿って対応しなければならない案件が多いですし、このような動きは今後とも注視していきたいですね。