まち・ひと・しごと創生法に思う 〜大学には何が求められているのか〜

   昨年、まち・ひと・しごと創生法(以下、「創生法」という。)が成立し、国として人口減少、地方創生に対応する体制の整備が行われたことはまだ記憶に新しいところです。創生法は、

基本理念、国等の責務、政府が講ずべきまち・ひと・しごと創生に関する施策を総合的かつ計画的に実施するための計画の作成等について定めるとともに、まち・ひと・しごと創生本部を設置することにより、まち・ひと・しごと創生に関する施策を総合的かつ計画的に実施することを目的

としており、国として地方創生に舵を切ったということですね。特に地方に存在する大学にとってはこの流れは非常に重要であり、また首都圏に在する大学にとっても受験生確保等に影響がでる可能性があると考えます。弊BLOGでも、人口減少に伴う国立大学の志願倍率をシミュレートし、2042年に向けて全ての国立大学で志願倍率が減少すると予想しています。(地方の人口減少に思う 〜国立大学はどのような影響を受けるのか〜

 昨年度末の閣議においては、創生法を根拠とした今後目指すべき将来の方向を提示する「まち・ひと・しごと創生長期ビジョン(長期ビジョン)」及びこれを実現するため、今後5か年の目標や施策や基本的な方向を提示する「まち・ひと・しごと創生総合戦略(総合戦略)」が決定されました。関連URL:「長期ビジョン」「総合戦略」の閣議決定に伴う石破大臣のコメント - まち・ひと・しごと創生本部

 そこで、長期ビジョン及び総合戦略では大学に対してどのようなことが求められているのか、また国家は大学に対しどのような支援を行う見込みなのか、確認してみます。

 まず、長期ビジョンから見てみます。長期ビジョンで直接大学に言及されていた箇所は、1カ所のみでした。

Ⅰ.人口問題に対する基本認識

3.東京圏への人口の集中

(2)今後も東京圏への人口流入が続く可能性が高い。

 今日、大幅な転入超過が続いているのは東京圏だけである。最近の状況を見ると、東日本大震災後に一都三県への転入超過数はいったん低下したが、2013年には以前の水準に戻り、10万人近くとなっている。この転入超過数の年齢構成を見ると、15〜19歳(2.7万人)、20〜24歳(5.7万人)の若い世代が大半を占めており、大学進学時ないし大学卒業後就職時の転入がその主たるきっかけとなっていることが分かる。かつては、東京圏の大学に進学しても、就職時に地元に帰る動きが一定程度あったが、近年そうしたUターンが減少する一方、地方大学卒業生が東京圏へ移動する傾向が強まっている。特に、若年女性においてそうした動きが顕著であり、地方において、若年女性にとっての魅力的な働く場の確保が重要であることを示唆している。(P5)

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 東京圏への人口集中のきっかけとして、大学進学時及び卒業時の学生の動きを挙げています。その様子は上に示したまち・ひと・しごと創生長期ビジョン<参考資料集>からもわかります。弊BLOGでも、平成25年度学校基本調査を用い大学入学者の移動に係る各都道府県の増減状況を調べた結果、東京都がダントツで増加していることを明らかにしました。(都道府県別大学入学者数に思う 〜地元志向はほんとうなのか〜

 長期ビジョンに大学に関する言及がここしかないということは、地方創生に関する大学の立ち位置は学生の流入流出に関することのみであり、つまり大学の存在というよりはそこを介して行われる学生の移動に問題意識を持たれているということです。もちろん、若者人口は限られていますので、この問題意識は東京圏の大学における受験生確保とバッティングするものであるとも想定できます。私立大学団体等が本件について何らか見解を示しているのか把握していませんが、特に東京圏の大学で地方からの受験生、入学者が多い大学にとっては、本件は留意しておいた方が良いのかもしれませんね。

 続いて、総合戦略において大学に言及されている主な箇所を見てみます。こちらは長期ビジョンを実現するための具体的な取組等が書かれているということで、総合戦略を基に今後の国の施策が組まれる、つまり補助事業等が行われるものと推測できます。

Ⅲ.今後の施策の方向

1.政策の基本目標

(3)取組に当たっての基本的な考え方

 「総合戦略」では、東京一極集中を是正すべく、まずは、若い世代を中心とした東京圏への転入超過を解消することを当面の目標とする。(略)このためには、東京圏からの移住促進に向けた環境整備に取り組むとともに、企業の地方拠点強化や、企業の地方採用枠の拡大に向けた取組を支援して地方への人の移動を促進する。さらに、地方大学や教育機関との連携の下、地域ニーズに対応した人材育成や、地方大学等への進学、地元企業への就職の向上に向けた取組を推進するなど、移住以外の側面からも地方への人の移動・定着の促進を図る。(P14)

 長期ビジョンでも書かれていた転入転出について、移動・定着を促進する方策が書かれています。文中にある限り、大学にとっては人材育成、進学、就職の3点が挙げられていますね。地域ニーズに対応した人材育成についてはCOC事業が思いつくところですし、地方への就職に関しても具体的な取組が行われるとの報道がありました。

地元就職条件に奨学金 地方創生へ大学生向け基金 :日本経済新聞

 政府は2015年度から、地方に就職する大学生に学費を支援する制度を始める。卒業後に地方で一定期間働くことを条件に、自治体や産業界と共同で奨学金の返済を減免するための基金をつくる。若者が地元で就職せず、東京に人材が集中して地方の活力をそいでいる。学生が地元に残るように促し、安倍政権の重点課題である地方創生につなげる。

総務省|地方大学を活用した雇用創出・若者定着の取組

 地方大学は、これまで、地域における高等教育機会の提供や学術研究の振興等の機能を通じ、地域社会における知的・文化的拠点としての中心的役割を担ってきました。さらに、国を挙げて「人口減少克服・地方創生」という課題に取り組む中で、地方大学が地方公共団体や地元企業などと連携した「地方への新しいひとの流れをつくる」「地方にしごとをつくる」といった取組を実施することが期待されています。こうした状況を踏まえ、このたび地方創生の取組の一環として、総務省文部科学省が連携し「地方大学を活用した雇用創出・若者定着」の取組を行うこととしましたので公表します。

 まあまあ理解できるやり方ではあるなと思います。もちろん、定着する先の雇用がなければなんともならないわけですが、雇用創出のための取組も同時進行させるということでしょう。

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 大学側にとってみれば、報道された奨学金制度よりも、地方公共団体との連携実績による支援という点が非常に意味があるところです。上図の総務省プレスリリース資料を見ると、大学と数値目標を設定した協定を締結することで、地方公共団体側に特別交付税が措置されるようになっています。国立大学協会の地方国立大学調査を弊BLOGにて分析した際、自治体側にある大学と地域との交流障害要因として予算確保という面が挙がりました。本事業は阻害要因の克服に貢献するものであると思いますので、地方公共団体へのインセンティブとしては有効性が考えられます。ただ、本事業は雇用創出というかなり重要な命題に対する補助ですので、補助金が切れたときの反動が非常に大きくなる可能性も想像できます。補助期間中にいかに持続可能なサイクルを作り出すのかが大切なのでしょうね。

Ⅲ.今後の施策の方向

2.政策パッケージ

(1)地方にしごとをつくり、安心して働けるようにする

(イ)地域産業の競争力強化(業種横断的取組)

◎ (1)-(イ)-③ 新事業・新産業と雇用を生み出す地域イノベーションの推進

 地方における若年世代の流出・人口減少を食い止めるためには、地域イノベーション等を通じた、新産業の創出や既存産業の高付加価値化を行い、働く場の創出、特に「やりがいのある」高付加価値産業を創出することが重要である。効果的な地域イノベーションの創出、さらには地域経済を担う中核企業の創出のためには、これまでの地域クラスター政策の反省点を踏まえ、以下の3つの取組が必要である。

フラウンホーファー研究機構等を中心としたドイツのシステム等を参考に、産業界、大学・研究機関、さらに、両者の間で革新的技術シーズを事業化につなげる「橋渡し」研究機関といったイノベーションに係る各主体の役割を明確化し、各主体のコミットメントを最大限引き出す。

②地域内に閉じがちで域外との連携が不十分だった反省を踏まえ、全国の資源を総動員して積極的に活用する。

③クロスアポイント制度の活用等により人材や技術を流動化させる。

(略)

 また、各地域の大学・研究機関や企業には、その地域の特色に応じた研究成果が存在しているため、全国の研究成果等の総結集や、人材や技術を流動化させる仕組み等により、各地域において地域特性を踏まえた地域の将来ビジョンに基づき研究施設等を核に大学、研究機関、企業が集積したイノベーション創出拠点を構築する。さらに、目利き人材による民間企業のニーズと大学等の研究成果等のマッチングを促進し、これらを通じ科学技術を活用した地域イノベーションを創出する。(P20)

 産官学連携に関する取組が記載されています。文中にあるフラウンホーファー研究機構とはドイツの研究機構であり、産業界や公的機関との契約に基づく研究開発を行っています。詳しい説明は、産官学連携ジャーナルの第2回 研究開発機関 産学連携の「フラウンホーファー」モデルに記載されています。また、クロスアポイント制度とは研究者が複数の期間と雇用契約を締結しエフォート管理の上業務を行う制度であり、経済産業省のホームページに基本的な考え方が掲載されています。

 アクションプランも確認したのですが、ここの言う「橋渡し」機関とは、公設試験研究機関や独立行政法人産業技術総合研究所独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構を想定しているようです。これだけ見ると、既存の産官学連携事業とあまり変わらないという印象を持ちます。これまでと異なる、これまで以上の成果を上げるために、具体的にどのような仕掛け作りがされるのかは今後見ていく必要があるでしょう。平成27年度予算では文部科学省の「我が国の研究開発力を駆動力とした地方創生イニシアティブ」や経済産業省の「革新的ものづくり産業創出連携促進事業」がこれに該当すると考えますが、予算書を見てもなかなか地域創生との繋がりがイメージできないところです。既存の産官学連携の延長として考えているのかもしれません。

Ⅲ.今後の施策の方向

2.政策パッケージ

(1)地方にしごとをつくり、安心して働けるようにする

(ウ)地域産業の競争力強化(分野別取組)

◎ (1)-(ウ)-①サービス産業の活性化・付加価値向上(サービスの優良事例の抽出・横展開、地域の大学等におけるサービス経営人材の育成、ヘルスケア産業の創出、IT・ロボットの導入促進等)

 サービス産業の好事例の抽出と横展開を図るため、優れたサービスを表彰する「日本サービス大賞」を創設し、優良事例を全国に展開するとともに、教育機関によるサービス産業の経営人材の育成に向けた取組を支援する。(P23)

 大学における「サービス産業の経営人材」という言葉はふだん目にすることがないため、ちょっと意外に思えました。たしか以前、サービスにおいて生産性向上やイノベーション創出に寄与しうる資質をもった人材を育成するため、文部科学省委託事業として「サービス・イノベーション人材育成推進プログラム」というものがありましたが、すでに期間終了しています。現状を見ると、和歌山大学観光学部など、観光、サービス系の学部はいくつもありますし、京都大学経営管理大学院などビジネス・MOT系専門職大学院ではサービス経営管理系のコースが設置されています。また、最近では文部科学省の「成長分野等における中核的専門人材養成等の戦略的推進」事業として、専修学校も含めて観光やIT人材を育成する教育機関へ補助を行っているところです。平成27年度予算を見る限り、文部科学省の施策としてはこれらの延長であろうと想像できます。

 どちらかといえば、この部分は経済産業省マターなのでしょう。実際、昨年6月に経済産業省「サービス産業の高付加価値化に関する研究会」から出された報告書では、企業のイノベーションの促進施策として、大学院等におけるサービス産業に特化した産学連携の経営プログラムの開発・普及し経営人材を育成するとあります。これは総合戦略に書かれた文言とほぼ同じであり、経済産業省が主導していくことが推測できます。ということは、もしこの分野で支援を得ようとする場合は、文部科学省だけではなく経済産業省の動きにも目を配っておく必要があるということですね。特に、前述の報告書は経済産業省の問題意識等が明確に書かれていますので、目を通しておいたほうが良いと思います。

 この部分以外にも総合戦略には「サービス産業」という言葉が頻出し、地域雇用の半数を占めるサービス産業に対しその高度化が期待されていることがわかります。地域における医療機器開発やヘルスケア産業育成、農林水産物の高付加価値化などソフト面での取組に対しては、各大学各教員が取り組んでいる研究活動により参加することが可能なのだろうと思います。たとえば、高知大学が取り組んでいる食品産業高度化に向けた取組「土佐フードビジネスクリエーター(FBC)人材創出」事業などが思い浮かぶところです。

Ⅲ.今後の施策の方向

2.政策パッケージ

(1)地方にしごとをつくり、安心して働けるようにする

(エ)地方への人材還流、地方での人材育成 、地方の雇用対策

◎ (1)-(エ)-⑤大学・高等専門学校専修学校等における地域ニーズに対応した人材育成支援

 大学・高等専門学校専修学校・専門高校をはじめとする高等学校において、地元の地方公共団体や企業等と連携した実践的プログラムの開発や教育体制の確立により、地域を担う人材育成を促進する。(P30)

 これはおそらくCOC事業や成長分野等における中核的専門人材育成等の戦略的推進事業、学校を核とした地域力強化プラン事業少子化・人口減少社会に対応した活力ある学校教育推進事業を指しているのだろうと思います。特に、平成27年度予算においては、「地(知)の拠点大学による地方創生推進事業 〜地(知)の拠点COCプラス 〜」として、従来のCOC事業を発展させた事業展開が行われる予定です。COCプラスは、人口定着、雇用創出といった従来の大学ではなかなか向き合えてこなかった成果が求められており、申請する大学側も従来の考え方を転換し新たな見通しを持たなければならない部分があると感じています。基本的には大学の社会貢献とは教育研究活動を通じて行うものだと考えていますが、人口定着、雇用創出とは企業や自治体の領分でもあり、共同研究など従来の連携を超えた形でどのような取組ができるのか、なかなか難しいところですね。

 また、私立大学については、平成27年度予算において、人口減少の克服に向けた私立大学等の教育研究基盤強化事業として地域発展に貢献する私立大学等支援が明確に打ち出されています。特にこの事業は大都市圏にある大規模大学は対象外ですので、従来のような幅広い対象によるものではなく地方の私立大学に向けた事業であるとわかります。

 長くなったので次回に続きます。次回は特に地方大学に関係のある部分です。