国公立大学の教育環境に思う 〜情報の可視化により見えてくること〜

 大学での教育環境を測定する指標の一つとして、教員一人当たりの学生数が使われることがあります。朝日新聞出版が発行する「大学ランキング」でも、教育環境のランキングとして教員一人当たり学生数が使用されています。(2015版P115)

朝日新聞出版 最新刊行物:別冊・ムック:大学ランキング 2015

24.教育環境ランキング 田中優子(法政大学総長)

 網羅的というわけではありませんが、日本の状況と国際的な状況を比較した論文も出ています。
http://k2.sci.u-toyama.ac.jp/career/data/Report_Edu_201001.pdf

「大学における大学生・教員数比率の国際比較」

  •  学生数と教員数の比率を見る限りにおいては、日本の上位校は国際的な標準に照らして(同クラスのランキング順位の他大学と比較して)、ほぼ遜色の無い水準にあるということができる。
  •  学生教員比の場合とは全く異なり、日本の大学3校の学生職員比は、国際的な標準に照らして著しく劣っているということができる。そしてその差異が米国、欧州、その他の地域でグループ化していることは、大学における職員の職務が、米国、欧州諸国、及び日本等のアジア諸国でかなり隔たりのあることを示唆している。
  •  日本の上記の大学では一般に学生あたりの教員数は世界的な標準に近いものであるが、一方、職員数は非常に少ないことが結論される。

 大学ごと実際の状況が気になるところですので、各大学の学生数、教員数、職員数を調べてみました。

 今回は、各大学の学生数、教員数、職員数のデータが必要です。そこで、「大学基本情報のページから、平成24年度の国公立大学の基礎的な情報(学校基本調査の値)を使用しました。分析に使用したのは、分類:大学別学生数・教職員数の「学生数、教員数(本務者)、職員数」です。なお、当該ページは国公立大学が対象となっており、私立大学については網羅的なデータが入手できないため、国公立大学を対象として分析を行いました。

 以降、特別な言及がない限り、学生数は聴講生・選科生・研究生等を除いた学部・大学院・別科等の昼夜学生の合計数、教員数は本務教員数、職員数は医療系を除いた本務と兼務の合計数を計上しています。

 まずは学生数と教員数との関係を整理します。

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 図1に、各大学における教員数と学生数との関係を示します。縦軸に教員数、横軸に学生数を取り、国立大学・公立大学をそれぞれプロットしました。また、図2に、公立大学における教員数と学生数との関係を示します。より教員数と学生数との関係がわかりやすくなるよう、教員一人あたり学生数10名の境界を示す補助線を引いています。

 図1から、国立大学と公立大学では規模の分布が大きく異なり、国立大学の方が分散が大きいことがわかります。また、国立大学は、概ね教員一人当たり学生10名の線に近く分布していることがわかります。さらに、特に旧帝国大学において、学生数が増えれば教員数が線形以上に増加しており、スケールメリットが発生していることが示唆されます。
これは、規模が大きくなれば、学部・研究科以外の附置研究所等所属教員が増加し、その結果数値の上でスケールメリットが発生したものと考えます。

 図2から、国立大学ほどではないにしろ、公立大学の中でも規模が分散していることがわかります。また、どちらかと言えば、教員一人あたり学生数10名の補助線の下に位置する、つまり教員一人当たりの学生数が10名以上の大学が多いことがわかります。

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 もう少し具体的に各大学の状況を見てみます。図3に、各国立大学の教員数と教員一人当たりの学生数を示します。また、図4に、各公立大学の教員数と教員一人当たりの学生数を示します。両図とも、右側に並ぶほど教員一人当たりの学生数が少ないことを示します。また、棒グラフを紺色に着色した大学は医学歯学系学部を設置する大学です。

 図3及び図4から、医学歯学系学部を設置する大学ほど、教員一人当たりの学生数が少ない傾向にあることがわかります。また、図4から、教員一人当たりの学生数の折れ線の傾きが大きく、公立大学における教員一人当たりの学生数は分布が大きいことが示唆されます。同じく図4から、医学歯学系学部を設置する大学以外にも、看護大学や医療技術系大学では、教員一人当たりの学生数が比較的少ないことがわかります。

 医学歯学系学部を設置する大学において教員一人当たりの学生数が少ないことについては、設置基準上の専任教員数の設定が一因であろうと考えます。

 大学設置基準では、各学問分野ごとに、収容定員に合わせた専任教員数の基準が設定されています。

大学設置基準

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 表1に、大学設置基準別表第一の一部をまとめるとともに教員一人当たりの学生数を示します。表1から、学問分野によって、基準上の専任教員一人当たりの学生数が大きく異なることがわかります。特に、医学歯学は多分野と比べ桁違いです。基準となる専任教員数はこの表のみで決まるわけではありませんが、これほど大きく異なると最終的な専任教員数基準や実際の教員数にも影響を与えることは容易に想像できます。

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 続いて、学生数と教員数との関係を整理します。図5に、各大学における職員数と学生数との関係を示します。縦軸に職員数、横軸に学生数を取り、国立大学・公立大学をそれぞれプロットしました。また、図6に、公立大学における職員数と学生数との関係を示します。より職員数と学生数との関係がわかりやすくなるよう、職員一人あたり学生数30名及び15名の境界を示す補助線を引いています。

 図5から、図1の傾向と同様に、国立大学と公立大学では規模の分布が大きく異なり、公立大学の方が分散が大きいことがわかります。また、こちらも図1の傾向と同様に、スケールメリットが発生している可能性が示唆されます。さらに、概ね国立大学の分布の方が公立大学よりも上に配置されており、概して職員数は国立大学の方が充実していることが示唆されます。

 また、図6から、国立大学ほどではないにしろ、公立大学の中でも規模が分散していることがわかります。また、職員一人あたり学生数30名の補助線を境に、概ね同数程度が分布していることがわかります。

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 図7に、各国立大学の職員数と教員一人当たりの学生数を示します。また、図8に、各公立大学の職員数と教員一人当たりの学生数を示します。両図とも、右側に並ぶほど職員一人当たりの学生数が少ないことを示します。また、紺色に棒グラフを着色した大学は医学歯学系学部を設置する大学です。

 両図から、図3及び図4の傾向と同様に、医学歯学系学部を設置する大学ほど、職員一人当たりの学生数が少ない傾向にあることがわかります。また、図8から、職員一人当たりの学生数の折れ線の傾きが大きく、公立大学における職員一人当たりの学生数は分布が大きいことが示唆されます。

 大学設置基準上、職員数については定められていません。そのため、各大学の事情により、職員数は様々だと考えます。

大学設置基準

(事務組織)
第四十一条  大学は、その事務を処理するため、専任の職員を置く適当な事務組織を設けるものとする。

 なお、医学部歯学部を設置する大学においては、大学設置基準より、附属施設として附属病院を置くことが定められています。さらに、医療法施行規則により、事務員の適当数置くことが定められています。これらのことから、医学部歯学部を設置する大学は、附属病院を担当する職員組織を設置することとなり、必然的に職員が増加することになると想像できます。

大学設置基準

第39条  次の表の上欄に掲げる学部を置き、又は学科を設ける大学には、その学部又は学科の教育研究に必要な施設として、それぞれ下欄に掲げる附属施設を置くものとする。

医療法施行規則

第19条3 法第二十一条第三項の厚生労働省で定める基準であつて、都道府県が条例を定めるに当たつて参酌すべきものは、次のとおりとする。 

一  診療放射線技師、事務員その他の従業者 病院の実状に応じた適当数

 ここまで、各国公立大学の規模により、教育環境に分布が生じていることを示してきました。ここからは、規模の影響を無くすため、教員・職員一人当たりの学生数で比較していきます。

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 図9に、各国公立大学における教職員一人当たりの学生数を示します。縦軸に教員一人当たりの学生数、横軸に職員一人当たりの学生数を示し、職員一人当たり教員2名の境界を補助線で示しました。また、図10に、各国公立大学における教職員一人当たりの学生数を、医学歯学系学部の有無をもとにラベルしたもの示します。

 図9から、国立大学は分散があるものの、概ね職員一人当たり教員2名の線上に位置していることがわかります。対し、公立大学は、かなり分散が大きいことがわかります。
ここから、国立大学は、規模に差こそあれ教員と職員がバランス良く配置されていると言えます。これは、法人化以前の国家公務員定員管理の影響がまだ残っていることが示唆されます。(どちらかと言えば、良い影響なのかもしれません。)

 一方、公立大学は、各大学により教員・職員一人当たりの学生数がバラバラであり、各大学によって教育環境が大きく異なることが示唆されます。ここから、各自治体により公立大学の捉え方が異なり、人員配置等に差が生じていると考えられますね。単に公立大学だからどこも同じような環境と言うのではなく、当該大学のことを良く調べなければどのような環境で教育が行われているかわからないとも言えるでしょう。

 また、図10から、医学歯学系学部を設置する大学は、比較的同じような環境に置かれていることも示唆されます。

 最後に、職員を取り巻く環境について、見てみます。

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 図11に、各国公立大学における職員一人当たりの学生・教員数を示します。縦軸に職員一人当たりの教員数、横軸に職員一人当たりの学生数に取り、各国公立大学をプロットしています。図11から、国立大学は比較的まとまってプロットされており、職員を取り巻く環境が似ていることが示唆されます。(と言っても、一人当たりの学生数は30名以上差がありますが。)公立大学は、本当に千差万別ですね。

 ここまで、各国公立大学の学生、教員、職員の人数に着目して分析を行いました。その結果、公立大学については環境がバラバラであること、国立大学は教員職員比が比較的一定であること、医学歯学系学部を設置する大学については固有の特徴があることなどが示唆されました。

 もちろん、学生、教員、職員の人数のみで教育環境を測定するのは適切でないことはそのとおりです。その教育環境の良さについて広く知られている国際教養大学は、図4から、教員一人当たりの学生数は13.9名と公立大学の中では低い方に分類されます。(一方、同大の職員一人当たりの学生数は17.9名と高い値なのは気になりますね。)教育環境に関する尺度については、多面的に測定していくしかないことを改めて感じました。

 今回の分析は、私の本来の業務に全く関係ありません。しかし、実際に手を動かしてみないとわからないこともたくさんありました。例えば、今回の記事の作成を通じ、散布図のラベリング方法を学ぶことができました。このように業務内外に関わらずトレーニングを積みながら、たとえそれが今の業務ではなくとも、実際の業務にも役立てていくことが大切だと感じています。