大学の経済効果に思う 〜改めて感じる情報公表の重要性〜

大学で学ぶことの意義とその費用

 つまり、(一流)大学に行ったからといってそれで成功する保証はどこにもないにも関わらず、行かないと社会的に成功するために最も簡単な(一流)企業への就職が狭められるという話で、いろいろ思うところがあったが故のエントリーでした。

大学進学は投資か/純丘曜彰 教授博士 - ライブドアニュース

 大学というのも、似たところがある。世界中の人々が営々と築き上げてきた知の世界。そんなもの、知らなくても、死にはしないし、知ったところで、さして役に立つわけでもない。収支としては、出費だらけ。だが、それは知の世界を巡る、一生に一度の贅沢な周遊旅行。行かれるなら、行かれるときに行っておいた方がいい。そんなチャンスは、人生に二度と無い。

 大学を投資的側面から見た記事が出ていました。特に近年は、景気状況などもあり、それまであまり大きく語られることのなかった「教育と経済」の関係が研究者間のみだけではなく語られ始めたという印象を持っています。ある程度知られている話かも知れませんが、我が国の平均世帯年収東京大学在校生の世帯年収との違いは、下記のとおり記事になっています。

東大生の親の年収 950万円以上が51.8% 教育格差は中学受験から始まる? 〈AERA〉-朝日新聞出版|dot.(ドット)

 さらに興味深いデータがある。東京大学が在校生の家庭状況を調査した「2010年学生生活実態調査の結果」(2011年12月発行)によれば、世帯年収950万円以上の家庭が51.8%に上った。ちなみに、厚生労働省発表では世帯平均年収は約550万円。東大生の半分が、日本の平均世帯年収の約2倍、もしくはそれ以上を稼ぐ家庭の子どもということになる。

 直近の東京大学学生生活実態調査(2012)によれば、世帯年収の分布は以下のとおりです。

東京大学 [キャンパスライフ]学生生活実態調査

学生生活実態調査(2012年)[PDF] 

 図30は、世帯の年収額の分布状況を男女別にみたものである。「450万円未満」が男子で14.4%(前回17.6%)、女子で9.9%(前回11.8%)と差がある。一方で「1,550万円以上」は男子で15.1%(前回12.5%)、女子で23.8%(前回19.7%)とこちらは女子の方が高くなっている。(P31)

 教育投資の効果検証がかなり難しい取組であることは想像に難くありません。特に、その教育を受けた者のみではなく、社会全体への経済効果を与えるという、所謂「正の外部効果(外部性)」については正確な把握が困難であろうと思います。

 国立教育政策研究所の「学術振興施策に資するための大学への投資効果等に関する調査研究報告書」には、高等教育の経済効果等について、以下の記述があります。

学術振興施策に資するための大学への投資効果等に関する調査研究報告書(科学研究費補助金(特別研究促進費)):国立教育政策研究所 National Institute for Educational Policy Research

第1章 経済力の源泉としての大学の教育・研究

第2節 我が国の経済成長率への大学進学率の寄与

 結論として、高等教育は量的にはGDPを増加させる効果を持つ。すなわち、高等教育の経済成長に対する寄与は明らかであり、2000年以降の大学進学率の上昇がない場合、その後の経済成長率は年平均で0.3%ポイント程度低下したと考えられる。一方、費用面の効率性を検討すると、大卒労働供給は過大であり、2000 年以降の大学進学率の上昇が無い場合、 GDPを生産するのに要する費用は2ないし3%低下したものと見られる。

第3章 教育における所得向上効果

第2節 我が国における所得向上効果の状況

 妹尾・日下田(2011)はこれらを概観し、 次の4点を指摘している。1.大学進学の直近の収益率は 6~8%であること、2.大学進学の収益率は、高校進学の収益率を常に上回る安定した構造がみられること、3.1980年前後まで減少、その後は安定に推移してきた大学進学の収益率が1990 年代後半に入って増加傾向に転じていること、4.女子の収益率が男子を上回ること。これらは、大学進学が所得向上の効果をもつことを示している。

 大学とコスト――誰がどう支えるのか (シリーズ 大学 第3巻)には、大学に関する費用負担や経済効果に関する研究成果が網羅的に記載されています。一般向けに書かれた訳ではなくなかなか読解が難しい部分もありますが、特に大学の経済効果等について、以下の記述があります。

  •  高等教育から社会の幅広いアクター(民間企業、民間団体、個人)が間接的に受けている便益は決して小さくないはずである。(P13)
  •  したがって、大学を教育機関として見るにせよ、研究機関として見るにせよ、それが、直接的な利用者の受け取る便益を超える社会的便益を生み出すことは明らかである。(P29)
  •  結局、大学等における教育研究活動は、社会に広く行きわたる便益と個々人に帰属する便益の両方を生み出しているため、前者を重要視すれば財政の役割が大きくなり、後者に着目すれば財政の出番は少なくなる。(P79)
  •  高等教育の外部効果が実際にどのくらいあるのか、この実証は必ずしも容易ではない。というのも、外部効果はそもそも市場を通じないで効果を及ぼすのであるから、価格がつけられず、計測しがたいからである。(P113)

 これらの研究は、基本的には、社会や国家として高等教育の費用負担をどのように考えるのかに発展していくものと思います。ただ、このようなマクロ的視点のみではなく、受験生やその保護者にとっては、当該大学を卒業すればどのような便益が得られるのかというミクロ的視点も大切でしょう。

 年収と出身大学・学部との関係を、研究機関が大規模に調査した結果は見つけられませんでした。しかし、民間の転職サービス会社が調査した結果がweb上に公表されていました。どこまで正確性があるものなのかは不明です。

全300校 出身大学別年収データ | 20代の”はたらき”データベース『キャリアコンパス』- powered by DODA -

【 調査概要 】

■対象者

2011年1月~2012年12月31日の期間に、DODA転職支援サービスにご登録いただいたホワイトカラー系職種の男女(21~59歳)

■有効回答数

約100,000件

 アメリカでは、卒業後の平均年収について、調査が行われています。同調査の結果は、ランキング形式でweb上に公表されています。

大学の選択は卒業生のサラリー比較で決める!

 今日は、朝から何時間も給与情報会社Pay Scale社の2013−2014College Salary Reportと、同じく同社の2014 College ROI Reportに釘付けになっていました。一口に言ってしまえば、米国の大学の値打ちを、4年間の学資(Investment)と卒業後20年間の総収入(Return)で勘案、ROI(Return of Investment)の考えで投資効果の高い順にランキングしてみました、というものです。

米国の高等教育:大学に行く価値はあるのか?:JBpress(日本ビジネスプレス)

 調査会社の米ペイスケールは、900以上の大学の卒業生から専攻科目と現在の収入に関するデータを収集し、さらに、学位を得るためにかかった費用も調べた。費用は、学費支援分(多くの大学では、優秀な学生や困窮した学生に対して大幅に学費を軽減する措置を講じている)を差し引いて計算した。ペイスケールは、これらのデータから、様々な学位の投資収益率を推定した(次ページの表参照)。

Full List of Schools - PayScale College Salary Report 2012-13

Do you want to compare earnings for graduates of every school in PayScale's College Salary Report? See the full list of schools below and sort according to school type, salary or job meaning.

 また、イギリスでも同様に、AVERAGE GRADUATE SALARYをランキング形式で公表しています。

University Comparison | Rankings & Reviews | FindTheBest UK

The average salary of students 6 months after graduation. This figure is a weighted average calculated by multiplying the median salaries at the JACS subject level 1 by the sample size for that subject, adding that figure together for each subject and dividing by the total number of students who participated in the survey. 

 大学の諸活動には正の収益率や外部効果があることはどうも確からしく、その費用を誰がどのようにどの程度負担するかは国家的コンセンサスが得られていない状況であることは、これまでに示した文献等でも示されています。ただ、卒業生個人への便益については、恐らく出身大学により大きく異なるのではないかと思います。さらに、この問題は、各大学の教育研究能力や学生の学力、日本の教育制度、就職慣行などと併せて語られることもあり、非常に論点が混乱しがちになると感じています。そもそも、卒業生の平均年収調査がまともに行われていない状況では、大学毎の論を展開するのは難しい状況とも言えます。

 冒頭の記事に戻ります。卒業生個人に対する大学の便益については、出身大学によるとしか言えないでしょうね。ただ、個人が受ける便益は一体何を指すのか、それをどのように測定しどのような結果なのかが明らかではないため、受験生にとっては大学ブランドや偏差値で判断せざるを得ない状況であるとも考えます。

 もはや、「大学」という一つの概念として全ての大学を内包することは困難な状況にあると言え、だからこそ各大学による情報公表が非常に重要になっています。情報の公表は、各大学に押し付けられた義務ではなく、各大学がより発展するために誠実に取り組まなければならないということを改めて感じています。