RIHE公開セミナー「大学における学習」に参加してきました。その3

その2から続く)

大学教育改革の変容-政府は大学教育の何を変えたかったのか-(小入羽)

  • 1998年以降の中教審答申や各組織からの提言は、大きく分けて、1998年の21世紀答申から2005年の将来像答申まで、2008年の学士課程答申から2012年の質的転換答申まで、2013年以降の教育再生実行会議提言や教育再生実行本部提言などの3段階に分けられる。
  • 1998年に出された21世紀答申では、進学率の上昇などを背景にしたものだが、言っている内容は今とあまり変わらない。2000年のグローバル教育答申では、IT革命などが背景にあり、ここでも今と共通している内容がある。また、ここで言われている各大学の個性化多様化の推進は、21世紀答申を踏襲したものである。
  • 2005年の将来像答申では、知識基盤社会の到来や大学の収容力100%到達を背景とし、大学の将来像を提示しそれに沿った政策誘導を行うことを記している。大学の機能別分化が提示されたが、強く分化を打ち出しているわけではなく、大学が活動した結果論として機能別分化することを望むような記載になっている。ただ、今までの答申と比べると、全体的に強制力が強い文面になっている。
  • 2008年の学士課程答申では、強制力がさらに強まる傾向にあり、アウトプット重視や3ポリシーの学士課程教育への反映、学士力の指針などが打ち出された。これまでの答申にあった大まかな方向性の提示から、細かい部分の指摘に変化している。
  • 2011年の民主党事業仕分けでは、仕分けで出された意見へ対応するため、文科省内に政務三役や文科省職員によるタスクフォースが作られた。ここから、中教審が教育政策の決定の中心から外れてきた。2012年の大学改革実行プランも、タスクフォースで作成されたのち中教審へ報告されるという形になった。2012年の質的転換答申では、学長を中心としたチームでPDCAを回すことなどが明記された。教育改革への圧力は高まっている。
  • 2013年の教育再生実行会議の文書では、大学に対してグローバル化や理工系を中心としたイノベーション創出への要請が打ち出された。2015年の教育再生実行本部の各種提言では、実践的な職業教育を行う高等教育機関の設置など、大学の教育と企業の活動やマッチするような様々な施策が提示された。国も一つの組織ではなく、過去は政府と中教審の2層、現在はそれに教育再生実行会議などその他組織を加えた3層構造になっている。政府やその他機関が方針を示し、中教審が各論を提示して、各大学へ影響を与えている。
  • 過去の答申を確認すると、今と言っていることはそんなに変わらない。ただし、背景で挙げられたものの状況は進行している。過去15年間の答申等を大きく分けると、①総論的でありマネジメントよりも教育内容中心、②具体的な指標や方法論などが提示され、教育評価も含めた教育活動全般への言及、③学生への教育活動ではなく国家の目的を果たすための大学教育改革の提示であり大学が提示された枠を選択し着実に実行することが中心、という3段階で進行してきた。③における選択とは、果たして大学の自主的な選択と言えるのか。
  • これらの変化の一因として、世界的なNewPublicManagementの潮流があり、これによりPDCAサイクルや評価が重視されるようになった。日本にNewPublicManagementが導入されたのは財政難が一因であり、メリハリをつけた予算配分をするためである。
  • 政策決定過程の変化は橋本総理時代の官邸機能強化が発端であり、それが発揮されたのは小泉総理時代の経済財政諮問会議である。このような背景もあり、教育の専門家ではない者が教育政策の決定に携わるようになってきた。産業競争力会議などに文科省から十分に職員を派遣できていないことも、事前情報の収集不足につながっていると考えられる。
  • 現行の教育改革は個々の学生のことをあまり考えておらず、国家の目標遂行を目的としている。そのため、真に教育に資する改革にするためには現場の教職員が最も重要になってくる。ガバナンス改革により、学長によっては十分に学生のためにならない改革が実行される可能性がある。学長と教育現場をつなぐフォーマルやインフォーマルな場の設定が必要である。
  • 高校の進学率が上昇した1970年代の状況は、今の大学をめぐる状況とにている。多様化が推進され、単位制高校が増加した。

教育・学習の経済・社会的効果-汎用的能力に注目して-(島)

  • 教育の経済的効果として教育年数が長いほど賃金が高くなることは、研究成果として実証されている。しかし、学歴が高いほど賃金が上がることは、単純に教育の効果と言って良いのか。元々優秀な者だったため、大学では単に大卒というラベルを得ただけであり、賃金があがっただけではないのか。このような点についても、研究が進められている。
  • OECDが実施する国際成人力調査PIAACの結果を用い、汎用的能力と経済・社会的効果との関係性について検討を行った。分析対象としたのは民間部門に勤める常勤従業員男性である。なお、本分析における学習力(マナビリティー)とは、何事かを達成するための能力や学びそのものを楽しめることなど、学びそのものについての総合的能力を定義した。
  • 汎用的能力の中で数的思考力は賃金とより高い相関がある。また、教育年数と汎用的能力、汎用的能力相互についても、高い相関関係にある。汎用的能力や自己学習投資が高いほど賃金が高まる傾向にある。学習力は、汎用的能力を通じて賃金に影響を与えている。単一の要因ではなく、多様な経路を通じて賃金が高まっている。
  • 学習力が高いほど健康状態が高まる傾向にある。教育年数は、学習力を通じて健康状態を高めている。また、学習力及び汎用的能力が高いほど政治的効用感が高まる。教育年数は、学習力及び汎用的能力を通じて政治効用感を高めている。これは大学にとって重要な示唆であり、学生にも理解してもらわないといけない。
  • 教育年数は賃金を高める効果を有している。大学・大学院で専門的能力・知識を高めれば、賃金の向上につながると考えられる。大学院以上の教育年数については研究力が影響を与えているのではないかと考えられ、今後の課題である。
  • 自己学習投資には賃金は高める効果がある。就職後の自己投資は重要である。
  • 研究には常に限界がある。大学職員の皆さんには、研究の限界を明記しているのかいないのか、あるいは自らこの研究の限界はなんなのかを考えることを通じて、研究者を見極める目をもってほしい。

高大連携の中での学び(秦)

  • イギリスには共通テストがないが、義務教育終了時にGCSEテストを、大学入学希望者はGCE・Aテストを受けることにより、大学の受験資格を得る。離学率が高かったが、その対策として職業用のテストも導入された。1960年代のイギリスの大学は教養教育が中心であり、すぐ役に立つ教育は一段下に見られてきた。
  • イギリスの後期中等教育として、16歳のときにSixth formと呼ばれる2年制課程か継続教育機関に進学する。継続教育機関とは基本的に職業教育課程であり、趣味的な要素も含まれている。Sixth formへの進学率は85.9%である。
  • イギリスの高等教育機関は大学とポリテクニク+高等教育カレッジの2元構造であり、この場合の高等教育カレッジとは準大学である。1992年に、高等教育の一元化政策が行われ、ポリテクニクと高等教育カレッジが大学と同等の機関になれると位置付けられた。イギリスの大学進学率は67.5%である。
  • イギリスにおける大学は、伝統的大学や連合体、旧市民大学、新市民大学、新構想大学、工科大学などに分類できる。旧市民大学や新市民大学は王立や教会立などがはじまりであり、旧市民大学はオックスブリッジへの反発から生まれた。一方、新市民大学は、労働者を対象とした大学として生まれたため、パートタイム学生が多かった。
  • 新構想大学は政府が計画立てて設立準備をし、運営費を負担している。比較的日本の国立大学に近いが、ロビイストを立てて政府に対して大学の側から様々な要求等を行っている。
  • イギリスで大学を設置するための条件として、研究学位課程の設置とフルタイム学生の在学者数がある。イギリスの大学は学士課程の学生を大切にしている。
  • Sixth Formでは、大学進学希望者を対象として、GCEテストの対象である3科目について集中的に学ぶ。
  • イギリスの大学入学制度について、入学希望者は、オックスブリッジを除くすべての大学を対象として、6専攻まで入学志願をすることができる。志願者はUCASを通じオンラインで出願するが、その際自己推薦書や学業成績などに加えGCSEテスト及びGCE・Aテストの予想成績を提出する。その後、各大学で個別テストや面接を行い、5月初めまでに入学者を決定する。大学進学希望者は合格した専攻の中から一つを選び、入学する大学を決定する。
  • オックスブリッジは概ね同じような入試制度を有している。オックスブリッジでは、どれか一つのカレッジしか出願することはできない。例えば、オックスフォード大学では、学業成績とともにポテンシャルやオックスフォード教育様式への適性を面接で測る。面接を受験する者は1万人程度であり、一人20〜30分間程度で2回面接がある。2回の面接は専門知識の活用をみる専門面接と志望理由等をみる一般面接に分かれ、各カレッジのフェローやチューターが面接者となり、2週間程度行われる。Workloadが多いために、十分に適性があるか、途中でドロップアウトしないかなど、多面的な能力を面接で測っている。

フランスの大学における学生の学び(大場)

  • フランスの高等教育は公教育であり国立大学しかなく、学費は1年間184ユーロである。国による統制が強く、国の認証がないと教育プログラムが作れない。部局単位の専門教育が主流であり、教養教育はほぼない。
  • バカロレアは普通・技術・職業の3種類であり、普通バカロレアはさらに自然科学・人文科学・社会科学の3種類に分かれる。バカロレアの試験は大変であり、筆記と口頭試問がある。哲学の問題は抽象的であり、採点者である高等学校の教員が考え方の展開・ロジックを評価する。
  • バカロレアの合格者数は年々増加しており、現在では合格率は90%程度、対象年齢当人口バカロレア保有率は80%程度である。ここ10年程度は合格率が急増している。政府として知識基盤社会において合格者の確保は大切であると言っているが、採点基準が甘くなっているのかもしれない。一応、各問題に対する解答例は示されるとともに審査委員会で採点調整を行うが、採点者によって観点が異なる部分もあり、どの採点者にあたるかという運の部分もある。ただし、日本のセンター試験のような穴埋め式試験はフランス人は全く信用していない。
  • バカロレア取得後の進学状況としては、普通バカロレアはほぼ100%、技術バカロレアは70%程度、職業バカロレアは30%程度が上級学校へ神学する。普通バカロレアでは大学への進学が多く、技術短期大学部グランド・ゼコール準備級、上級技手養成課程に進学する者もいる。技術バカロレアや職業バカロレアは上級技手養成課程への進学が多い。
  • 大学入学後2年後にある第1期末試験の合格率は普通バカロレア80%、技術バカロレア40%、職業バカロレア15%であり、バカロレアの種別に状況が大きく異なる。どのバカロレアにも関わらず、取得後はどの大学どの専攻に進学しても良いため、高校と大学のミスマッチにより生じている問題だろうと考えられる。
  • フランスの大学は学生の面倒を見ない。大学1年生終了時試験の合格率は分野平均44%であり、技術系を除き最も高い体育・スポーツ科学分野でも50%である。特に医学や薬学は10%台で実質的な入試になっている。フランスの大学は入学後に選抜を行う形であると言える。
  • バカロレアの取得年齢が学生の成功を左右するという研究結果がある。フランスでは14歳までに37%が留年を経験するが、最近はあまり留年をさせない傾向にある。ストレートにバカロレアを取得した場合は、年数をかけた場合よりも大学の成績が高い。また、バカロレア取得時の成績と大学の成績も相関している。
  • フランスの大学教育改革について、昔のフランスの大学は最後の合否のみで卒業を決めていたが、90年代に単位積み上げ方式や進路変更制度、学生による評価などが制度化された。大学教育の中でも職業に対応した科目が増え、職業学士も増えている。職業系の方が就職に要する時間も短い。入学当初に幅広い選択を可能にする漸次的進路選択についても検討されている。教養教育の推進も行われている。
  • 欧州の動向として質保証の動きがあり、教育課程の基準作りが行われている。ダブリン記述書により分野横断的、チューニングにより学問領域内で共通化を図っている。チューニングは世界に広まっておりアメリカでも広まっているが、現場の教員に聞くと今一つのような印象を受けた。日本では一橋大学が推進している。これらは学位授与等のための欧州高等教育圏枠組の一貫である。
  • 欧州における学習成果の利用はなかなか進んでいない。プロセスとしての教育課程を見ていくしかないと思う。職業資格をまとめるコペンハーゲン・プロセスというものもある。
  • フランスの大学教育に対する問題は、教員の研究重視やFDの未発達、全学的な教育マネジメントの欠如、学生支援の未充実などである。2007年に大学自由・責任法が制定され、大学の基本的使命の一つに進路指導・就職指導が追加された。学生調査など、IRのような取組も行われている。大学の情報発信も推進されている。
  • フランスの大学は科目間得点調整があるが、これでは質保証を担保できない。政権が変わったが、議論されたが採用されなかった事項、議論すらされなかった事項などもたくさんある。