地方私立大学への支援に思う 〜政策意図は何なのか〜

地方私大に補助103億円 15年度概算要求 :日本経済新聞

 経営の厳しい地方の私立大学の支援を強化するため、文部科学省は26日、2015年度予算の概算要求に三大都市圏以外の私大向けの補助金として103億円を盛り込むことを決めた。地方私大の倒産を防ぎ、大学進学率の地域間格差が広がらないようにする狙い。

 文部科学省が平成27年度概算要求事項に地方私立大学への支援策を盛り込むというニュースが出ていました。ここまでターゲットを明確にした支援を行うという報道は珍しいなと感じましたが、なんとも言えない違和感もあります。当該事項の資料がまだ公表されていないため冒頭記事からのみ推測するしかできませんが、この支援策について考えてみたます。

 まず気になったのは「大学進学率の地域間格差」についてです。この問題については、特に大学進学の要因が何に規定されるかという側面で様々な研究論文が発表されています。ざっと検索して見つかったものは、以下のとおりです。

 これらは経年変化を確認したスパンや対象としている観点などで結論が異なるため、結局大学進学率の地域間格差は現在どうなっているのかよく分かりませんでした。そのため、学校基本調査のデータを用い、簡単に近年の傾向を把握します。

 用いたデータは、高等学校業後の状況調査における表番号42高等学校の都道府県別状況別卒業者数にある大学等進学率です。大学進学率をどのように定義するかは様々あると思いますが、今回はあくまで簡単に傾向を把握するため、全日制・定時制の高等学校の卒業生における大学進学者のみを対象とします。そのため、中等教育学校卒業生や浪人生は除外した数になっています。また、4年制大学のみならず短期大学や別科等への進学者も含んでいます。

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 図1に、平成16年度以降の各都道府県別の大学等進学率の分布を箱ひげ図を用いて示します。ここから、平成16年度にくらべ、最小値、第1四分位値、中央値、第3四分位値、最大値とも、直近の値が増加していることがわかります。また、中央値及び第3四分位値は平成23年度を境に近年は減少していることがわかります。

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 もう少し具体的に各都道府県の状況を見てみます。図2に、平成16年度から平成26年度にかけて、当該年度の大学等進学率TOP10及びWORST10に11年間入り続けた都道府県の大学等進学率の推移を示します。ここから、TOP10に入り続けたのは東京都、愛知県、京都府兵庫県奈良県広島県であること、WORST10に入り続けたのは北海道、青森県岩手県鹿児島県沖縄県であることがわかります。また、各都道府県とも概ね上昇傾向にあるもののTOP10組とWORST10組の差が概ね等間隔で推移していることもわかります。

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 しかし、ここからは各都道府県の大学等進学率の差が広がっているかどうかわかりません。そこで、各都道府県の大学等進学率について、当該年度における標準偏差を算出しその推移を確認します。標準偏差の値が高いほど、バラツキが大きいということです。

 図3に、平成16年度以降の各都道府県の大学等進学率の標準偏差の推移を示します。また、図4に、各年度の大学等進学率の最大値と最小値の差を示します。これらから、標準偏差は平成22年度を境に減少傾向にあること、最大値と最小値の差は平成24年度から低下していることがわかります。

 今回はかなり簡単に調べましたのでなんとも言えないところもありますが、近年大学進学率の都道府県格差が広まっているとは直ちに判断できないですね。

 次に気になったのは、「定員2千人以下で三大都市圏以外の私立大学」を対象としているという点です。このような私立大学はいくつくらいあってどのような状況なのでしょうか。

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 図5に、三大都市圏の私立大学数及び学生数とそれ以外の大学数及び学生数を示します。なお、冒頭記事中にある三大都市圏がどこを指すのか明らかではありませんが、wikipediaを参考に東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県、岐阜県、愛知県、三重県大阪府京都府兵庫県滋賀県奈良県和歌山県三大都市圏としています。また、データは平成26年度学校基本調査(速報値)を用いました。

 図5から、私立大学の6割、私立大学生の8割程度が三大都市圏に属していることがわかります。あれ?と思ったのは、三大都市圏外にある大学数と冒頭記事中に集中支援するとなっている250校がほぼ同数である点です。図5は4年制大学のみですので、支援対象として短期大学を含むのでしょうか。あるいは記事が誤っているのかもしれません。7割以上の私立大学生が三大都市圏いるということで、三大都市圏外の大学は規模が小さいことが示唆されますね。実際、APの採択状況を調査した際も、学部が1つや2つの地方私立大学が多かったという印象があります。

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 図6に、私立大学の学部入学定員規模別の平成26年度入学定員充足率を示します。データは日本私立学校振興・共済事業団私学経営情報センターの入学志願動向から引用しました。図6から、概ね入学定員1000人を境に充足率が100%を横断していることがわかります。なお、出展資料には地方毎の入学定員充足率も示されていましたが、三大都市圏以外の私立大学は概ね充足できていない状況でした。つまり、「定員2千人以下で三大都市圏以外の私立大学」とは、現状で入学定員を充足していない小規模の地方私立大学が多いとも考えられますね。

 冒頭記事中には選考に当たり同地方への就職率も考慮するという文章もありました。これに加え、大学進学率の地域間格差が広まらないように受験生や学生個人ではなく大学という機関へ補助するということは、高校所在地と同一地方の大学へ進学し同一地方への就職を想定しているということでしょうか。正直、現状ではちょっとイメージしにくいなと思っています。

 まず同一地方への進学ですが、まずその大学を選択するのかという疑問があります。特に地方においては、偏差値的に国立大学に続く私立大学はなかなかないという印象があります。また、小規模地方私立大学は看護や福祉系、人文社会系が多いという印象もあり、分野としてもなかなか万人が選択するということが難しいのかもしれません。ベネッセの調査によれば、大学生が受験する大学・学部決定の際に重視した点は、興味のある学問分野があること(62.1%)、入試難易度が自分に合っていること(48.9%)、自宅から通えること(32.9%)、入試方式が自分に合っていること(32.0%)、世間的に大学名が知られていること(26.1%)となっています。「自宅から通えること」以外に立地的な条件はなく、むしろ学問分野や知名度を重視するなど地方私立大学にはマイナスな要因があるのかもしれません。

 以前弊BLOGでも言及しましたが、平成25年度出身高校立地以外の都道府県の大学に進学した者は、三大都市圏以外の都道府県の平均値で大学進学者の68.5%であり、三大都市圏以外では半数以上の学生が流出しているということになります。この状況を覆すのは簡単ではありません。補助金により新しい学部を作るなど収容定員を増やしたとしても、すぐに定員が充足するということもなかなか考えにくいですね。

 また、同一地方への就職という点は、より難しいと感じています。そもそも当該地方に卒業生を受け入れるだけの雇用がないことも少なくありません。地方自治体や地方中小企業の方と話すと、大学に求めることは技術解決などではなく、起業など雇用を産み出し人を定着させてほしいという声ばかり聞きます。それが大学の本懐であるかどうかはあるにしろ、これだけ声が大きいのだから何かできないのかという思いになるほどです。

 ここまで色々言ってきましたが、政策の意図が明らかではなく「地方私大の倒産を防ぎ」という点が最も狙っていることではないかという印象を受けます。概算要求のペーパーが出たらしっかりと確認する必要がありそうです。