第3回IRシンポジウムに参加してきました。
第3回IRシンポジウム「IRの導入と教学評価体制―大学間連携の視座から―」
IRネットワークを形成する8大学(北海道大学、お茶の水女子大学、琉球大学、大阪府立大学、玉川大学、同志社大学、関西学院大学、甲南大学)が主催するIRシンポジウムに参加してきました。全国から参加者が集まったようで、目測で100名近い参加者だったように感じました。これまで私が参加したIR系シンポジウム等と比べ、目新しい内容はそれほどなかったようにも感じましたが、文科省担当者から直接IRの強みを聞けた点は良かったと思っています。
一部分だけですが、私の印象に残った発言を以下に記載します。なお、いつものとおり、正確に発言を書き取った訳ではなく、内容は全て私の私見が加わっている可能性がある点に留意願います。
開式の言葉(長坂 甲南大学長)
- 当該事業は2012年度に採択され、本年度は3年目になる。甲南大学は2009年からIRネットワークに参加している。2012年に受審した認証評価でもその成果を活用することができた。
- IRを組織でやるところに意味がある。教育改革の成果を検証するため、数的データを収集分析し、さらに教育改革に活用する。私学は分析結果を経営的な面にも活かすことができる。大学の課題に対応するために自分たちの姿を明らかにすることが大切。思いや意思だけではPDCAは回らない。
- 大学教育における共通モデルの創出がネットワークの目的でもある。社会の要請が反映されるモデルが構築されることと思う。
- 事業の背景について。大学は社会のニーズに合わせていろいろなことを要請されている。それを実現するために、教育支援の段階から教育評価の段階にきている。
- IRとはなにか。もともとは自学のデータ収集等という意味であったが、IRネットワークでは教育の効果測定に着目している。そのため、IRネットワークでは、学生調査など間接測定を共通化し実施している。学修時間の把握についても、日本でもアメリカと同様の調査を実施したいと思っている。
- IRネットワークでの分析の結果、週当たりの平均活動時間を新入生と上級生で比較すると、上級生の方が授業時間や予習復習時間が低下していることがわかった。また、上級生になると授業に関連した情報収集経験が伸びているが、授業欠席経験も高まっている。能力・知識の変化も把握分析しているが、英語運用能力は伸びていないことがわかった。
- IRネットワークの分析により、自校の強み弱みが数値で把握できる、経年変化で取組の検証ができるようになる。今後は、各大学の教育制度改革に活用してもらいたいと思っている。
基調講演「わが国の大学におけるIRのありかた」(小林 東京大学大学総合教育研究センター教授)
- IRとはなにか。日本ではまだ定義が混乱している感があるが、アメリカでも60年経っても定義が混乱している。これは、IRが常に進化していて概念が掴みにくいためだと思う。大学の情報公開やデータ交換コンソーシアム、学生調査の状況、ベンチマークなどについてもお話しする。
- アメリカの大学のIR活動は、設置者や規模などにより多様である。これは、IRの活動が少しずつ進化してきたためだと考える。アメリカはAssociation for Institutional Research(AIR)など中間組織が非常に発達しており、AIRが関与することにより、IRが台頭してきたという面もある。
- TerenziniはIRの概念が拡大していることを指摘しており、IRに関連する能力として技術的分析的情報力、問題に関する情報力、文脈的情報力の3つの情報力を挙げた。これに加え、最近ではbusiness intelligenceという概念も出てきている。IRの中身はThorpeの定義が有名。「増殖する経営ガイド」や「知識の仲介者」、「変化のエージェント」など様々に言われている。
- 強調したいのは、アメリカのIRは大学によって様々であるということ。そのため、IRの定義を考えるよりも、日本型や自大学におけるIRを考える方が生産的ではないか。ただ、どういう意味でIRという言葉を使っているかを明らかにしないと混乱する可能性もある。
- IRは大学の情報公開と密接に関わっており、情報公開に対応することもIRの大切な役割だと考える。日本では2011年の学校教育法改正により大学情報公開が義務化された。欧米でも、コモンデータセット(共通の情報公開項目)やポートレート、ランキングなど様々情報公開が進んでいる。その他、アメリカでは政府レベルや中間組織などにおいてもデータを出している。
- 学生調査は非常に重要な意味を持ち、IRのツールとして考える必要がある。しかし、現状では、両者は必ずしも結びつけられているわけではない。標準的な学生調査を行うことで、ベンチマークが可能になる。アメリカでは、標準的な学生調査として、NSEEなどがある。日本では、IRコンソーシアムの取組として、JCIRPやJCSSが行われている。
- データを集め交換する仕組みを作ってベンチマークを行う。10校程度で定性的定量的な比較を行うことで、強み弱みを把握することができる。指標が適切でない場合や測定に問題がある場合など、注意が必要なことがある。どこの大学も自大学のデータは出したくないが他大学のデータは欲しい。それを解決するのがコンソーシアム。ベンチマークは、競争相手と想定する大学と比較し自校の強みと弱みを把握するもの。
- 日本のIRは端緒についた段階であり、評価への対応が中心になっている。ただ、評価に対するデータを提供するが、それを用いて教育等の質の向上、改善に結びつけることはなかなか至っていないのではないか。中長期計画策定への支援やベンチマークの取組などもなかなかできていない。教学の改善に向かっていることやIR組織が多様であることは日米で共通している。財務に対するIRがどの程度浸透しているのは不明。
- 日本の大学におけるIRの状況を調査すると、全学的にデータが集積されていることが多いことがわかった。ただし、特に財務データなどへのアクセス権限がIR組織にないことが課題。まだまだIR組織の取組が学内に周知されていない現状も見えてきたため、今後の課題だと考える。意思決定に貢献することにより、今後の活動の活発化に繋がるのではないか。
- 学生調査は無記名式が多い。記名式にすることで、学生の成長が追跡できることやデータ間リンクが可能になることなどの利点がある。ただ、記名式にすると回答率の低下やデータ管理などの課題も出てくる。
- 意外と日本の大学ではIRが進展しているという結論。今後どのように発展させていくのか。全学的にデータを収集して公開するシステムを作っていかなればならない。大学ポートレートと関連付けることが負担の軽減という点からも良いのではないか。全学レベルで情報を共有することにより、意思決定の支援に繋げられれば良い。また、教育の比較は困難であるが、直接評価であるGPAなどと結びつけることで学生調査の意味が出てくる。
- IRとは一つのツールでしかなく、それ自体を目的にするものではない。学生調査や経営戦略など一体となることが大切であるが、それは一つの組織で行うということを意味しない。大学のベンチマークの進展が今後日本の大学にとっての課題という印象。アメリカの州立大学と日本の国立大学の比較は意味があるのではないか。
- グローバル化への対応ということで、汎用性のある英語能力の評価体制の確立をミッションとした。学生調査の回答と英語能力テストの相関正当を分析することとし、共にGTECを採用している甲南大学と琉球大学にて検証を行った。これらを通じ、身につけるレベルの明確化や順次性体系性を持ったグローバル・モジュールの策定を目指した。
- グローバル・モジュールは到達度指標を明確にするとともに、英語教育の可視化や外的互換性の保証を目指した。これにより、交換留学などにおける単位語感の円滑化などの効果が想定できる。横軸にスキル別基準、縦軸に段階的レベル設定を設け、GTECのスコアを対応させた。段階的レベルはCEFR-Jに対応している。これにより、スコアとの対応関係が明らかになり、Can-doリストができる。このような表を大学毎に作成することができれば、一目で各大学の英語教育の特色や到達度がわかるようになる。
- GTECスコアとCEFR-Jとの対応関係を分析し、スコア配置を行った。琉球大学の状況を分析すると、Presentation能力は獲得スコアが少し低いことがわかった。このように表を作成することで、他大学に広めていく前段階が整備できたと考えている。また、履修形態の類型化をし、スコアとの相関を分析した。琉球大学の分析結果として、CEFR-Jにおけるレベルで見ると、英語能力がほとんど伸びていないことが分かった。このように分析をすると、履修パターンと獲得能力の傾向が明らかになり、英語能力獲得の改善に活かすことができると考える。
- 卒業生調査は、大学は社会において働く人材育成がきちんとできているのかということを明らかにする枠組みを策定することを目的として行った。大学教育における職業的レリバンス、大学教育は本当に役立っているのか、ということ。社会の変化に伴い、大学の在り方も変化している。大学で身に付いた能力と社会で求められている能力のミスマッチを解消したい。
- 企業が求める人材の持つ能力とはなにか。一説では、継続学習能力、文脈理解力、目標発券力であるが、これは、中央教育審議会が言う「学士力」にも現れている。社会が必要とする職業人に必要な能力は大学教育でも身につけることが可能である。卒業生調査は大学教育の職業的レリバンスを測定する手段である。卒業生が自分たちの受けた教育をどのように評価しているのか、どのような点が足りないのかを把握することで、教学の改善に繋げられる。
- 北海道大学で実際に卒業生調査を行った。回収率は学部により異なったが、学部により卒業後の進路状況が異なるためであるとも考えられる。卒業後の年数を経るほど、回収率が高く、自由記述も多かった。年を経るにつれ、大学に対する貢献の気持ちが生まれるためとも考えられる。
- 卒業生調査の分析結果について。学生時代のゼミや実習への熱心度は高い一方、外国語科目の熱心度は低かった。また、部活サークル活動やアルバイトへの熱心度が高かった。多様な価値観や論理的思考能力が身についたと自己評価する一方、リーダーシップへの自己評価が低かった。年代別に見ると、近年の卒業生はプレゼン、ディスカッション能力が身に付いたと実感する者が多かった。
- 現在身に付いている能力を問うと、全項目で概ね7割の者が能力が身についたと実感している。年代別に見ると、卒業後時間を経るほど能力が得られていると回答する者の割合が高く、能力の実感については大学教育以外の要素もあることが示唆された。
- 学部毎にも分析し、結果を持参し説明することで、各学部へフィードバックした。学部毎に特色があるが、概ね専門科目に熱心に取り組んだ人ほど大学時代に得た能力の自己評価が高い。授業の熱心度と現在身に付いている能力とは、学部毎に特色がある。熱心度が低いほど現在身に付いた能力が高い学部もあった。各学部には、分析結果をフィードバックした結果どのような取組をしたかを連絡票にて連絡してもらうこととした。新たな分析の要望も得られている。
- IR機能を持った組織を設置することで、学内にデータを基にした改善のサイクルを形成することが可能になった。各学部の特徴も明確にすることができた。IRコンソーシアムでの比較分析などを通じ分析が広められるとともに、学部のみではなく学科や専攻、個人にまで分析の対象を深められると考えている。
- 大学間連携協働推進事業は設置形態の枠を超えて質保証システムの構築などを目指したもの。他大学に広く波及してもらうものである。選定理由としても、他大学への波及効果を考慮したものになる。特に、管理運営に関わる人材の養成をお願いしたいと考えている。
- IRは外部資金獲得に向けた武器になる。補助事業の展開に当たっては、数値目標の設定と成果の分析を行うとともに、それを国民に公表することが大切。その一助としてIRを役立てることができる。
- IRは大学の教学システム改革の武器になる。学長や執行部がIRに本気になって取り組んで資源配分や人事評価に活用する必要がある。大学一体となった取組が重要。それが大学の改革に繋がる。
- IRは国民の理解促進になる。国民は大学教育に満足していないが、それは自身の経験によるところも大きいという印象。IRを使って、大学が変わっていることをアピールしてほしい。
- 本年度は本事業の中間評価の年。補助金終了後の継続的な計画(財政的資源や人的資源)を立てているのかを確認したい。また、波及効果がどの程度あるのかも確認したい。
パネルディスカッション(藤原 堺商工会議所常務理事・事務局長)
- 企業が発展していくためには良い人材を確保することが最重要課題。これまでは採用後鍛えてきた面もあるが、近年は若年層の採用のミスマッチが起こっている。採用した人材がすぐ離職するというのは大きな問題である。
- 雇用希望者と被雇用希望者とのニーズが一致していない。最もギャップを感じているのが卒業生本人だろうと思う。企業が求めている能力とはなにか。経団連の調査では1位はコミュニケーション能力だが、これはずっと続いている傾向である。個人的には、コミュニケーション能力の育成を大学教育に求めるのは違うとも感じる。一概に、大学が企業の要求に沿ったオーダーメイド教育を行う必要があるのか。ただ、少子化の中で大学が後継者教育を行うなど良い面もあると思う。
- 大学と企業の互いがwin-winになれれば良い。企業はスピード感を求めており、大学もスピード感をもって対応してほしい。
- 大阪府立大学での調査を分析した結果、1年生のGPAがその後のGPAを規定していた。学士課程教育全体を通じて、アクティブラーニングやPBLなどを含める必要がある。正課内のみではなく正課外も含めて学修成果を測定できないか。
- 4,5年IRをやっていると大学の特徴がよくわかってくる。どの学部の取組をどの補助事業に申請すれば良いかもわかるようになる。
- IRの見せ方も重要。大学の見せ方が下手だから社会から理解されない。きちんと考えないといけない。
- 大北海道大学の今後の教学評価体制について。北海道大学においては、教学関係のIR以外にも研究関係のIRと財務関係のIRが別々に動いている。これらの組織をまとめて総長の直下に置きたい。また、各学部研究科にIR担当者を設定し、各学部研究科の改革状況を把握しながら分析等を行っていきたい。データの統合も行っていきたい。
パネルディスカッション(小林 東京大学大学総合教育研究センター教授)
- 数値を出すのが分析ではなくその数値がどのように影響しているのかということが分析である。エクセルのチャートから始めれば良い。
- 一般に、自分の経験と一致すれば合意するが、経験上理解できることは調査が軽視される可能性があることは、注意したい。
- 数値を出すのが分析ではなくその数値がどのように影響しているのかということが分析である。エクセルのチャートから始めれば良い。
- IRの継続性は非常に重要な問題。特定の人に頼るだけではできない。継続性や安定性を作るシステム、スキルを受け渡すシステムを構築しなければならない。将来的には中間組織は必要だろうと思う。
- 問題意識があればスキルがついてくる面もある。感覚も大切。官庁と同じく、大学も数値がないと提案できない時代になってきた。ただ、数値を出せば良いというわけではない。いい加減な数値を出せば火傷することになる。