遠藤功著「現場論」を読んで その2
前回に引き続き、遠藤功さんの現場論を読んだ感想等です。
活動を組織能力に昇華する
改善活動は比較的どこの職場でもやられていますがなぜ改善活動を行なっても非凡な現場にならないのか、それは単なる活動が組織能力に昇華できていないからだと書かれています。組織能力とは戦略を実行する力であり、単なる活動に取り組むだけでは組織能力の向上に繋がらないということですね。では、活動を組織能力に昇華するためには何を行えば良いのか、筆者は以下のように整理しています。
愚直に、とことんやり抜くこと
合理的な必然性(戦略的必然性と信条的必然性)が担保されていること
特に後者については、
- 戦略的必然性:何のためにその活動を行うか
- 信条的必然性:何にこだわってその活動を行うか
とし、
「戦略」が重要なのではない。策定された戦略が現場に展開され、一人ひとりが戦略の方向性を理解し、納得し、行動することが重要なのである。同様に、「信条」が存在することが重要なのではない。それが現場の一人ひとりに浸透し、共感し、実践することが重要なのである。
としています。
この点は感銘を受けました。私も常日頃から「思い」が大切だと思ってきましたが、それを「信条」「何にこだわるか」と明確に言語化してもらった気分です。組織的に業務改善等に取り組んでいますが、なぜそれが定着しないのか、それは戦略的必然性はあったのも信条的必然性はなかったためかもしれないと思っています。特に、年度計画に書かれているからと上から言われて行う活動には、信条的必然性はなかなか見出しにくいかもしれません。
なお、
信条とは、それぞれの企業が大切にし、拠り所とする「仕事上の心構え・規範」を意味する。「共通の価値観」と表現してもよいだろう。(略)こだわりは「勝手な思い込み」では意味がない。「それにこだわることが自社を成功へ導く最も合理的なやり方を示すものだ」と現場が理解し、納得しなければならない。信条とはけっして情緒的、精神的なものではなく、活動の合理的な理由付けを与えるものである。
とされています。自分の職場にはこのような信条があるのか、まずは探して作るところから始まるかもしれません。一時期に各企業で「クレド」を作るということが流行りましたが、あれはラテン語のCredo(志、約束)を意味しています。カトリックのミサ通常文にもCredoという部分があり、信仰宣言とも訳されます。
Credo in unum deum, (われは唯一の神を信ず)
まさに「信条」ですね。なお、この信条を皆に普及させるような同質性は、多様性は排除しないものとされています。基盤を共有し、あとは個々の創造性などを活かすということですね。
いかにして非凡な現場を作るか
このような組織能力(現場力)が高い現場、つまり非凡な現場を作るためには、以下の4点に留意しなければならないとしています。
- 自律分散組織の構築には手間暇がかかる
- 「保つ能力」と「よりよくする能力」は全く異なる能力である
- 「最低でも10年」のつもりで時間軸を長くとる
- まずは本社が変わる
これらを踏まえたうえで、自ら膨張する性質のある業務に対応するため、業務にメスを入れ「よりよくする能力」を獲得しなければならないとのことです。
特に、「保つ能力」と「よりよくする能力」は全く異なるという点は盲点でした。基礎的な能力を十分に身につければ自然と高次の能力に繋がると考えがちですが、必ずしもそうではないということですね。「保つ能力」に長けた人も、「よりよくする能力」に長けた人もいるでしょうから、組織としてそれぞれの能力を確立する際には、様々な人に活躍してもらえることができるかもしれません。これが同質性のうえでの多様性ということでしょう。
合理的な仕組みを確立する
現場力を高めるためには、合理的な必然性に加え、合理的な仕組みが必要だとしています。ここで言う合理的な仕組みとはよりよくする循環のことであり、よりよくする循環とは
「標準→気づき→知恵→改善」というステップを踏んで循環する
ことだと定義されています。
さらに、この循環を支える土台として、
- 阻害要因の除去
- 報酬
- 競争
- 学習
の4つの要素が必要であるとしています。
これらで気になったのは、阻害要因の除去という点です。どうしても現場から自然に改善が出てくると思いがちですが、改善を考えられるような環境を整えるということも重要であると指摘し、具体例として時間の工夫や改善提案に対する迅速なフィードバックが挙げられています。また、これらを用いて、現場が自らの意思でやらざるを得ない、やるしかない状況に追い込む(追い詰めるのではない)ことが大切であると記されています。
ナレッジワーカーを育成する
現場力という組織能力の進化は、ナレッジワーカーが存在しなければ成立しない。現場で業務に従事する一人ひとりが業務遂行に留まらず、知識創造に取り組むことが組織能力の高度化につながる。
現場力を高めるには、一人ひとりがマニュアルワーカーからナレッジワーカーに変容することが必要だとしています。具体例の一つとしては、
「コストダウンや品質改良など改善による目先の効果も大事だが、もっと大事なのは改善をやろうとする人間、改善ができる人間を育てることだ。」
と記載されています。
これはまさにその通りだと感じています。取り組みではなく人をみるという点は、まさにヒューマン・リソース・マネジメントですね。逆に言えば、自分の職場にこのような方はどれほどいるのか、何より自分自身がこのような存在になれているのか、考えてしまいます。
「もっとよいやり方はないか」「もっと工夫できないか」を常に考え、業務のあり方、設備のあり方、仕組みのあり方、管理のあり方を研究し、自分たちで分析し、創意工夫する。トヨタの競争力の本質は、現場にナレッジワーカーという「研究者兼実務者」が存在することにある。
現場での実務上の研究とは、まさにここに書かれたことでしょう。例えば大学院等で学ぶ学術上の研究とは少し方向性が異なるようにも見えますが、しかしその根底にある方法論などは共通だと考えます。つまり、研究の対象や当事者性こそが、両者を分かつポイントの一つだと考えます。
ナレッジワーカーを育ているためには、条件を付与すること、環境を整えることの合わせて8つの鍵が示されています。ここでは触れませんが、いずれも「現場を信じる」ことの大切さが根底にあるように感じました。
トップダウンの役割とは
「トップが興味がないことは現場は絶対に根付かない。何もいわれなかったら、現場は『このままでいいんだ・・・』と思う」(略)現場主導のボトムアップの動きを生み出し、持続的な組織能力へと高めようと思えば、経営者自らの強烈なシーダーシップで引っ張るしかない。ボトムアップはトップダウンからしか生まれない。
ボトムアップとトップダウンは対比的に語られることが多いですが、そうではないとしています。おそらく、トップダウンにより組織の戦略と信条を各人にきい届かせなければ、組織に合ったボトムアップは生まれてこないということでしょう。トップダウンを行う経営者が理解しておかなければならないこととして、
- 現場は理詰めでなければ動かない
- 現場は理詰めだけでは動かない
の2点を挙げています。ここで言う「理詰め」とは何を指すか明確ではありませんが、おそらく合理的な説明を尽くし納得させるよう説得するということでしょう。
また、大切なことは理詰めだけではないとし、熱のある対話で組織密度を高めることで、現場は動くとしています。特に、経営者と現場のダイレクトコミュニケーションがとても重要であると述べています。併せて、このような経営者の覚悟を現場はよく見ているとし、覚悟や本気さを伝えることが現場力を高めるために非常に有効であるとしています。
2回にわたり「現場論」をまとめてきました。ここに書いた以外にも、様々な示唆を得ることができました。