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MOOCsの修了率に思う 〜学びの選択性〜

オンライン講座、もうすぐ大学を席巻!? ‐渡辺敦司‐【Benesse(ベネッセ)教育情報サイト】

 東京大学が国際的な大規模公開オンライン講座(MOOC=ムーク)に参加することを紹介した以前の記事で、「すべての大学の授業が変わる!?」と見出しをつけました。その動きが予想以上に速まるかもしれないという動きが今、起こっています。

[FT]オンライン大学は米国の教育危機を救えない :日本経済新聞

 楽観主義者はインターネット教育の未来を語るとき、最大級の賛辞を並べてきた。だが先週「MOOC(Massive Online Open Coursesの略。大規模公開オンライン講座)」を信奉する人々に衝撃が走った。米シリコンバレーでMOOCを推進してきた先駆者の一人、セバスチャン・スラン氏が「ろくでもないプロダクト」と切り捨てたからだ。

 国立大学改革プランが公表され、twitter等界隈がざわついている夜です。そんな中、同じ事項について全く異なる論点から書かれた記事を見つけましたので、紹介します。

 「同じ事項」とはMOOCsのことです。ベネッセはMOOCsについて大学を揺るがす衝撃と伝えていますが、英フィナンシャル・タイムズでは教育に対する影響は限定的であるとしています。

 私が注目したのは、MOOCsの修了率です。ベネッセの記事では、東大のCourseraについて、「世界140か国以上から約4万8,000人の履修登録があり、3,756人に修了証が発行された」とあります。これはすごいことだというような感じで書かれていますが、修了率は約7.8%しかありません。つまり、履修登録者のうち7.8%しか単位が取れない講義だと言うこともできます。もし今の大学で単位取得率7.8%の講義をやろうものなら、明らかに問題がある講義もしくは教員であると認識されてもしかたありません。

Coursera Takes a Nuanced View of MOOC Dropout Rates – Wired Campus - Blogs - The Chronicle of Higher Education

In general, the rate of completion in MOOCs is believed to be around 10 percent.

 MOOCsの修了率は一般に10%程度と言われており、その意味では、前述の7.8%という数値は理解できます。この割合が高いのか低いのか、私には判断できません。しかし、前述のとおり、感覚的にはだいぶ低いなと思います。

 MOOCsは大変に意義深い取組ですし、特に発展途上国等では計り知れないほど有益だと思います。一方で、学びへのモチベーション維持は相当大変であるということは、大学院へ通学していた大学職員の知人からはだいぶ聞いていますし、私自身も実感しているところです。10%前後という数字はそれが如実に出た数字なのでしょう。自らの学びを自ら選択し、自ら学び続けるというのは、本当に大変なことです。このあたりが、学校教育と生涯学習教育の大きな違いだと思っています。

 もう少し日本の大学に考えを及ばせると、学生の授業選択の合理性について行き当たりました。最近はコア・カリキュラムやコースワーク、カリキュラムマップなど、学生に対し到達イメージ沿った履修の筋道を示し、ある意味で授業選択の幅を狭めるという風潮にあるのかなと感じています。一方で、教養教育などでは、学生の多様な知識要求に応えるという名目のもと、文理や専攻問わず自由に授業を選択できる形になっている大学も多いと思います。

 自らの学びを自ら選択するということが、学生自身の合理的判断に基づいて行われるのは可能なのかどうか。あるいは、どの時点・どの程度ならば、学生自身が学びの選択を適切に行うことができるのか。もちろん、学生が授業を選択した以上、その授業における学生の学びに責任を持つのは一義的には担当教員だと考えます。しかし、そもそも学習者である学生の意欲なくして主体的学修活動は困難であり、学生自身の学びの選択性も教育の成果向上に必要な要素だとも思えます。

 教養教育、専門基礎教育、専門教育、研究室教育などの年次配分にも関わってくることであり、カリキュラムのヒントになるのかもと思いつつ、なかなか考えがまとまりません。