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日本学術会議公開シンポジウム「人文・社会科学と大学のゆくえ」に参加してきました。

http://www.scj.go.jp/ja/event/pdf2/215-s-1a.pdf

 文部科学大臣は去る6月8日、各国立大学法人に対して、「国立大学法人等の組織及び 業務全般の見直しについて」の通知を行ないました。そこでは、国立大学法人の組織の見 直しにさいして「特に教員養成系学部・大学院、人文社会科学系学部・大学院については、18歳人口の減少や人材需要、教育研究水準の確保、国立大学としての役割等を踏まえ た組織見直し計画を策定し、組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り 組むよう努めることとする」とされています。このことがわが国における人文・社会科学 のゆくえ、さらには国公私立を問わず大学のあり方全般にどのような影響を及ぼすか、 また今後、人文・社会科学はいかにあるべきか、どのような役割をはたすべきかについて、 緊急に討論を行ないます。

 日本学術会議が主催する公開シンポジウム「人文・社会科学と大学のゆくえ」に参加してきました。会場となった日本学術会議講堂では準備した配布資料が足りなくなるほどの参加者(300名超)がおり、 平日の昼間という時間でありながらこれだけの参加者が集まるということは、この問題に対する関心が高いことが伺われました。

 最初はだいぶ散漫とした話から入ったので大丈夫かなと思ったのですが、本田先生がこれまでの経緯や国の考え方をうまくまとめられ、その後の須藤先生のお話もおもしろかったので、このお二人のお話を聞けたことは良かったなと思いました。ただ、良くも悪くも日本学術会議は内輪の団体だなという印象を受けたのも事実であり、本シンポジウムが一体誰のために行い、誰に向けられたものであったのか、最後までわからなかったのは残念でした。本シンポジウム後の動きに期待しています。

 以下に、シンポジウムでの発言を記します。なお、あくまで私が理解できた部分を一部のみ掲載していることに留意ください。特に、公開討論はかなり発言に「質」の違いがあり、あくまで発言内容を端的に示しているだけです。

趣旨説明(小森田 神奈川大学法学部教授)

  • 本年6月に組織の見直しに関する文部科学大臣からの通知が各国立大学法人に送られた。このような指示は各国立大学法人にとって無視できない力を持っている。しかし、人文社会科学系のみを取り上げて廃止をすることの是非を議論する場はなく、日本学術会議がそのような場の一端を担うため、本日のシンポジウムを開催した。本件については、日本学術会議として7月23日に声明を出したところであるが、海外からもその声明を指示する声が寄せられている。日本の人文社会科学を巡る状況が国際的な団体からも憂慮をもって反応されている。
  • 人文社会系を軽視するような政策に対し、反発し現状を維持するような観点だけではなく、中身のある議論を展開すべきということが声明の内容である。
  • 討論の柱として、政策状況・大学の動きなどの現状分析、人文社会科学への軽視がもたらすもの、文部科学大臣からの通知やその内容にある指摘に対する応答はどうあるべきか、日本学術会議の今後の動きはどうあるべきかという4つがある。各国立大学法人はそれぞれ昨年度から動きを見せており、第3期中期目標・中期計画の素案を出す6月にはある程度形になっていた。日本学術会議の動きが遅いことや声明がはっきりしないことに対する批判もあるが、本件は新聞等各メディアにおいても取り上げられている。熟慮された大学政策が行われるよう、日本学術会議としても働きかけていきたい。

問題提起1(酒井 千葉大学政経学部教授)

  • 日本の外交官の人文社会系素養のなさは目につく。教養として人文系は必要という声もよく聞くが、特に英語教育に関する問題は大きい。英国サッチャー政権下でも同様の現象が生じており、資金を提供する側に阿るように教育研究がゆがんでいってしまう。社会はもっと頭脳流出が生じる可能性に危機感を抱くべきである。
  • なぜ、人文社会系が軽視されているのか。人文社会系の教育と社会貢献との因果関係が証明しにくいためではないか。期限を区切った判断基準に代替するような、人文社会系の成果を表現できる評価基準を選択できるようにする必要がある。社会人としての素養に落としこまれ、教育の結果として評価されていない。社長になって初めて成果が現れてくることもある。どのように評価基準を社会に打ち出していけるのか。

問題提起2(久保 信州大学人文科学部)

  • 論点1として、人文社会科学の強化発展こそが問題なのであって、人文社会科学系学部の縮小廃止論は状況に逆行している。今こそ日本の社会を支えていく人文社会科学系の人材を育成することは非常に重要であり、日本学術会議でも提言をまとめてきたところである。高校教育においても、高校生の歴史的な認識が低下してきており、新しい歴史教育を目指す必要がある。その際必要なのが教師の力であり、教師の力を身につけさせるのは大学である。文科省が推進している生徒のアクティブ・ラーニングをさせる教師はどのように育てるのか。
  • 日本以外のアジア地域に対する認識をリードするアジア地域研究が、急速に弱まってきている。大学院生は半数になり、学会の会員も減少している。文科省通知はこのような状況に逆行している。
  • 論点2として、人文社会科学系の縮小は国家の発展に影響を与えるということ。人文社会科学系の縮小により国が混乱した例もある。
  • 論点3として、地方大学の人文社会科学系の学部の役割を適切に評価する必要がある。東京圏や大阪圏の大学院生は地方国立大学の出身者も少なくない。地方国立大学の機能を損なった場合は、影響が大きい。

問題提起3(三成 奈良女子大学研究生活環境科学系教授)

  • 人文社会科学系は現に学生からニーズがあり、女子学生の潜在的なニーズもあると考えられる。潜在的なニーズという意味では、人文社会科学系の修士号の取得者も極端に少ない。地方国立大学は私立大学にはない役割を担っており、設置県への経済効果をもっている。地方にある大学の役割は非常に大きい。
  • 人文社会科学系と自然科学系の協働について、科学の融合が問われており、人文社会科学系を再定義することが求められている。学際的、超学際的という取り組みの中で、重要なステークホルダーに自覚的にならないといけない。教養としての人材育成の役割もある。
  • 人文社会科学の国際化について、比較研究や外国研究が行われてきた分野であり、もともと国際的であった。ただし、英語で発信していたわけではない。文化多様性を確保した上での国際化が必要である。英語発信は、学会レベルで組織的に行ってはどうか。
  • FUTURE EARTH においても、人文社会科学系研究の重要性が説かれている。アジア地域研究が研究課題として設定されており、人文社会学研究が必要である。人文社会科学研究にとってはチャンスであり、自発的にその役割などを発信していく必要がある。
  • 文科省は研究成果をわかりやすく教育活動に組み込むことや国民に発信していくことを求めている。学協会等が連携して対応する必要がある。「廃止」という言葉の撤回を求めるべきである。

問題提起4(本田 東京大学教育学研究科教授)

  • 文科省の通知に対してきちんと戦っていくためには、まず相手側の論理を理解する必要がある。昨年度からの動きがあった上で、今回の通知が出された。出遅れた感は否めず、戦略的にまずい点があった。政府全体の国立大学の見方について、財政収支バランスの悪化もあり、税収確保のため経済活性化につながる文教政策の要求がある。様々な政府会議においても、国立大学に対する要求がある。
  • 今回の通知は、国立大学に対して出されたものであることを確認しておく。国にとって、私立大学は政府からの財政支出に対して大きな便益を得ることができる存在であり、国立大学は金食い虫的な存在であると感じられていると推測できる。理系の論文生産数も減少している。
  • 和歌山大学岩手大学神戸大学など、政府の要請に応える形で各大学での対応も進んでいる。国立大学を持ちこたえさせようとしている意思も感じる。ただし、もっと残酷な改革も進んでいるという話も聞く。
  • 「人文社会系はカネに通じるものではない」という話が通用する時代ではない。国からの問いかけを受け止め、投げ返さないといけない。
  • 理系重視は第2次産業重視だった旧時代の話であり、第3次産業に対応する形で人文社会科学の進展を考えることもできる。国の経済や財政に貢献するという形で、人文社会科学系の重要性を主張していく必要がある。
  • 社会的需要のあることに対し、各学問分野の貢献や課題をエビデンスとともに示していく必要がある。各分野間で強み弱みを意識した連携を進めていく必要もある。しぶとい姿勢も必要である、それが政府から求められているのではないか。そのくらい危機的な状況であるということである。

問題提起5(須藤 東京大学理学系研究科教授)

  • 文科省が学問に対して踏み込んでくる姿勢、それを許す大学人の対応の両方に思いがある。
  • 「すぐ役に立つものはすぐ役に立たなくなる」の出展は、小泉信三の「すぐ役に立つ本はすぐ役に立たなくなる本である」である。これは小泉信三慶應義塾大学の総長だった際、実業家からの申し出に対する藤原工業大学の学部長がとった対応がもとになっている。つまり、どの時代でも起こりうる話である。当時と違うのは、要請の流れ方である。産業界から直接大学に来るのではなく、産業界から文科省に流れそこから大学へ要請が伝わるような、要請の流れの構造が問題であると感じる。大学としてもこのような構造を許容していることを反省すべきである。
  • ガバナンス、コンプライアンスなど、最近の用語にはカタカナ語が多い。本当に大切な概念ならば日本語で言われるべきだと感じる。効率化という取組も長期的な展望が欠けている。設置基準大綱化に伴う教養部廃止など、大学人自身の見識も変わってきていると感じる。
  • 「すべての学生はプリンストン大学へ入学を申請するのであり、個別の学科やプログラムへ申請するのではない」という言葉には感動した。東京大学プリンストン大学を比較すると、学生教員比は概ね同じだが、財政予算構造が全く異なる。予算は概ね同程度だが学生数・教員数は東京大学が3倍程度多く、つまり一人当たり予算を見るとプリンストン大学東京大学の3倍である。博士課程学生で見ると、プリンストン大学は理系文系半分、東京大学は圧倒的に理系学生が多い。その他世界のトップ大学と日本の大学とは予算構造や予算額自体が全く異なるが、それを考慮した上でグローバリゼーションの推進を図っているのか。
  • 国立大学の教員はよく頑張っているが、それが社会に知られていない。
  • 今のままで良いという気は全くない。大学に対する不思議な圧力には反論すべきだが、uselessでもinvaluableなものの存在を伝える努力をすべきである。ちゃんと根拠を持って反論すべき。大学という場の価値を守っていくべきである。

全体討論

  • 地方国立大学にしわ寄せがきており、地(知)の拠点をどのように守っていくのかということに危機感をもっている。今回の通知は地方創生という流れからも逆行している。
  • 大学だけではなく、高校も大変なことになっている。皆忙しくて連携できていないので、大学と高校等との交流の場をつくった。大学だけで戦ってもダメ。地方から来ている学生もいるが、地方で活躍できる教育プログラムを提供できてきたのかという反省もある。個々に工夫はしているが、全体として非常に狭い範囲を対象者としてきたのではないか。変えていかないといけない。
  • エビデンスが出しにくい場合もある。反論するときに相手の土俵にどのように乗るのか、どのように外れるのかは難しい。国立大学の動きが私立大学に波及する可能性はある。
  • (本田)共通の目的をいかにうまく掲げ、協働していくかというところがポイントだと思う。通知に関しては、国立大学を対象としたものであり、範囲や対象を限定して反論した方が良い。
  • 90年代に私立大学が増加したことも考えないといけない。私学と国立の協働関係を確保しないといけない。働き場がないため、県外に卒業生が流出する。
  • 政策の責任を誰が持つのか。人文社会科学系の削減は世界的な潮流であるとも思う。人材育成方式をアメリカ式にしようとしているとも感じるが、なかなか日本ではうまくいかないのではないか。
  • 言葉を出すようなこと、コミュニケーションを普段からどれだけやってきたのか。問題を未然に防ぐような行動をとることも大切である。
  • 産業界の人間として言えば、工学部を増やせば役に立つ大学になるとは思わない。人文社会科学系の学部は役に立たないとは思わない。企業でやるとリスクが高いので大学でやってほしいというのが本音。産業界として、工学部を増やせば自分たちにメリットがあるとは思っておらず、技術者倫理やリベラルアーツをしっかりやってほしいと思っている。
  • 建築の分野では歴史観が大切である。いろんな形でつながっていくようなものが見えてくれば良い。
  • 欧州でも同様の状況であり、欧州の人文社会科学系研究者は「本当のイノベーションには人文社会科学系が必要である」という宣言をだした。日本の人文社会科学は孤立した感じであったことは反省すべき。文科省の通知では教養教育の重要性も触れられており、これに着目した方が良い。
  • 大学の役割として、社会に新たな要請をしていくことも大切である。そのためには、大学は多様な研究者を抱え多様な研究を行うことが大切であり、通知自体が大学の存在を揺らしていると考える。
  • 国立大学のあり方を考えることも重要。保護者との関係性も問題意識として持っている。
  • 新しいアジェンダを作って文科省と戦ってほしい。
  • 個人として役に立つかではなく、人文社会科学系がある社会とない社会の比較のような形でアピールできないのか。
  • 主語が研究者ばかりで、学生をどのように巻き込んでいくかという視点はなかった。
  • 人文社会科学系はきちんと教育をしてきたのかという自己反省がある。今後の行動に反省した結果を盛り込むべきである。
  • 研究の大きな位置付けを考えていない者が多いという思いがある。
  • 従来の人文社会科学が十分に発信してこなかったツケが回ってきた。文科省や経済界を論破するよりも、学生や一般の方に訴えかけていくことが大切なのではないか。

討論のまとめ(井野瀬 甲南大学文学部教授)

  • 単純な対立構図では捉えられない問題である。設置基準の大綱化や大学院重点化、国立大学法人化などが、知というものにとってどのような意味があるのか、今効いてきている。これらは大学の自主的な動きではなく、外からの働きかけであり、そのような動きに対し大学側は無防備であったのかもしれない。
  • 物事一つとっても見る目が多様であり、理系と文系が互いに影響を与える。今回が初まりであり、未来に希望を生み出していくような議論を日本学術会議や学協会、社会とともに進めていきたい。