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高等教育における教育・学習のリーダーシップとは何か

CiNii 図書 - 高等教育における教育・学習のリーダーシップ

 東北大学高等教育開発推進センターが発行したPDブックレット「高等教育における教育・学習のリーダーシップ」を手に取る機会があったので読んだのですが、折に触れて読み返したい良い内容だったので紹介します。

    本書は、オーストラリア高等教育研究者が大学のトップマネジメント層や上級アドミニストレーターなどを対象として著し、オーストラリア連邦政府教育省学習教育局が2012年に刊行した A Handbook for Executive Leadership of Learning and Teaching in Higher Education の邦訳書です。学長や上級管理職が大学教育や学生の学習活動に対しリーダーシップを発揮するためには、どのような点に留意して行動すれば良いのかが記されています。

 本書では、大学における教育・学習リーダーシップのために必要な行動を5つの原則として整理し、その実践における行動指針を記しています。(出典:本書P80)

原則1.戦略的ビジョンを策定する

  • 教育活動が学生の学習に与える影響に関する最新知識を活用する
  • 学生の成功に影響を与える組織要因を明らかにする
  • 将来の学生経験を概念化する
  • 機関の現況を評価する
  • 同僚原理と経営原理の均衡を保つ

原則2.卓越性を引き出し実現させる

  • 国の政策動向を解釈し具体化することにリーダーシップを発揮し、個人的な信用力を維持する
  • ビジョンを支える首尾一貫した方針と目的を策定する
  • 確かな根拠に基づいて主導する
  • 早期に成功し長期的な変化が期待できる達成可能なビジョンを示す
  • 焦点の絞られた教育・学習計画を策定する
  • ビジョンを支えるのに十分な資金を確保する
  • 教員が優れた教育活動を追求できる条件を整える
  • 教職員の主体的関与を刺激する

原則3.教育・学習のリーダーシップを委譲する

  • 遂行のリーダーシップに秩序ある柔軟性をもたせる
  • 学部・学科の教育リーダーシップと機関目標を整合させる
  • 必要十分な数の教育・学習リーダーを育成する
  • 教育・学習の改善に向けて協働的アプローチを推進する

原則4.教育活動を褒賞・表彰・発展させる

  • 効果的な教育の特質や成果について機関が期待する内容を明確にする
  • 学部長や学科長が個人と組織の教育機能を認めて褒賞する
  • 公式の褒賞(昇進・授賞・賞金など)を優れた教育や部局の実績にリンクさせる
  • 教育・学習の戦略的目標に即して専門性開発の機会を提供する
  • 成功した教育機関として大学を広報する

原則5.学生を巻き込む

  • 学生の主体的関与を導く(あるいは,妨げる)大学生活の諸側面の関係性を見直す
  • 大学質保証プロセスへの学生関与を促すシステムを設計する
  • 教育,カリキュラム,学生経験を改善するために学生の助言を求める
  • 学生が学部や学科の学習コミュニティに関与するように促すインセンティブを部局長に与える

   これらの原則及び行動指針については、

深く考慮することなく行動を一つ一つチェックしていくだけの単純な使い方は慎むべきだろう.多様な組織の文脈に即し,濃淡を付けながら行動の指針とするような性格のものである.(P81)

とされています。

 ある意味で当たり前の、しかし忘れがちであるような書かれています。個人的には、「同僚原理と経営原理の均衡を保つ」ということがどちらにも過剰に振れることがないようにという意味を読み取れ、印象的でした。また、「必要十分な数の教育・学習リーダーを育成する」について愛媛大学が取り組んでいる教育コーディネーター制度が思い浮かぶなど、行動指針の一部は各国立大学大学が推進している取組とも合致すると考えています。「原則5:学生を巻き込む」についても、医学教育の分野別評価においてカリキュラム委員会における学生代表の参画が評価基準になるなど、徐々に進んでいるといったところでしょうか。

 その他、印象に残った文章です。

したがって,リーダーシップは,リーダーが有する能力によってではなく,その効果によって評価されることになる.リーダーシップの目的は,質の高い教育が可能になる条件を促進することであり,学生の経験や教育の質を顕著に向上させるべく協働するよう教職員の意識を高めることである.(P10)

 リーダーシップの発揮というとトップダウンの新しい取組のみが取り上げられがちですが、教職員の協働に向けた意識を高めるということが目的にあるということですね。以前弊BLOGでも言及しましたが、大学における組織と人との関係性という特性によるものなのでしょう。

専門職員の大切さを認識することです.教員や学生に対する専門職員のメッセージは極めて重要なのです.(P16)

 「専門職員」は原著では "professional staff" とされています。また、本書の補註では「大学の特定領域に関して体系的且つ専門的な知識を有し,それに基づいて大学の管理運営や意思決定を支援する職員を指す.高等教育に関する教育プログラムで養成されたり,専門職団体を通して常に専門性の維持・発展を図る自律的活動に従事したりしている.」と補足されています。オーストラリアの大学において "professional staff" がどのように働いているのかは気になるところですね。

[ケース8]学生参加の文化:エクセター大学(英国)
「改革主体としての学生 (Students as Change Agents)」プロジェクトは,学生が学科において同大学の開発,運営,発展に積極的に関わることができる枠組みである.(P48)

 Students as Change Agents プロジェクトのウェブページを見ると、コンペティションの開催や緑化活動など、学生による様々なプロジェクトが行われていることがわかります。

他方,情報伝授型/教師中心の教授アプローチは質的に異なっている.このアプローチを採用する場合,教員は自分の行動(略)だけに意識を集中させる.(略)その結果,学習成果の違いを,学生の能力差異や(略)教員の能力差異として説明するきらいがある.こうしたアプローチは,クラス規模が大きい,教育内容のコントロールができていない,部局からの支援が限られている,仕事量が不適切に多い,学生が準備不足であるといった教員のもつ認識と関連性をもっている.(P54)

 先行研究が蓄積されている分野だとは思いますが、学習成果の違いを能力の差異で説明しがちになるというのは印象的ですね。だからこそ、組織的な取組が阻害される部分もあるのかなとも思います。後段に描かれているネガティブ条件を改善することが、組織的な取組を推進するヒントになりそうですね。

本書を読めばすぐわかるように,上級管理職のリーダーシップはそれだけでは有効に機能しない.それが効果を発揮するには,現場を支えるスタッフたちが改革や質向上に対して主体的に関わる姿勢を示すこと,つまりは当事者意識やフォロワーシップが不可欠なのである.そこには,上からのリーダーシップに唯々諾々と従う受動的な態度はない.むしろ,機関内の各層に必要なリーダーシップが偏在する分権型リーダーシップの重要性が強調されている.(P77)

 だからこそ、冒頭でリーダーシップの目的は協働するよう教職員の意識を高めることと述べたのでしょう。

 ごく一部のみ抜粋しましたが、訳注も含めこれ以外にも意識すべき箇所は多い書籍だと感じました。今回はたまたま入手できたのですが、東北大学高度教養教育・学生支援機構のホームページではPDブックレットの入手方法が明記されていません。日本の高等教育研究の中心地の一つとしての活動が記載されているわけですので、pdf公開するなり販売するなり、もう少し広めていく手法をとってもいいのかもしれないと感じています。