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「IRという言葉が先行しすぎているのではないか」

大学一般

 この言葉は先日友人と飲んでいた際に出てきました。その後いろいろ話をしているうちに、「IR」という言葉が流行り言葉になっているような今の状況はもしかして良くない結果を招くのではないかという懸念を抱いたところです。今回はそんな不安について。

 最近は様々な政策文書にIRという言葉が出てきます。ざっと確認したところ、以下のものが見当たりました。

第3期中期目標期間における国立大学法人運営費交付金の在り方に関する検討会(第6回)

資料3 予算配分に反映するための評価等について(素案)

【評価指標(考えられる評価の観点や評価指標)の例】 ◇InstitutionalResearchが充実していて、活用できているか
・大学の長期的ビジョンの有無
・長期的ビジョンを実現するためのエビデンスに基づいた計画の状況
・大学本部による各部局の全予算
・人的資源の把握状況
・間接経費の本部での戦略的利用の状況
・教育研究組織等の必要性についての検証と見直し状況

「大学のガバナンス改革の推進について」(審議まとめ)(平成26年2月12日 大学分科会)

(IRの充実) ◯ 適切なガバナンスを働かせるためには,まず何よりも,学長が各学部の事情を十分に把握した上で,改革方針を策定していくことが必要である。学長を補佐する教職員が,大学自らの置かれている客観的な状況について調査研究するIR(インスティトゥーショナル・リサーチ)を行い,学内情報の集約と分析結果に基づき,学長の時宜に応じた適切な判断を補佐することが重要である。

「大学におけるIR(インスティテューショナル・リサーチ)の現状と在り方に関する調査研究」

国立大学等施設の総合的なマネジメントに関する検討会(第2回)

資料1 施設マネジメントの取組(佐賀大学版IRとの連携)(佛淵主査提出資料)

平成26年度私立大学等改革総合支援事業調査票

③大学等内にIRを専門で担当する部署を設置し、専任の教員又は専任の職員を配置していますか。

1 専門の担当部署を設置し、専任の教員又は専任の職員を配置している。5点

2 専門の担当部署は設置していないが、専任の教員又は専任の職員の併任による委員会方式の組織を設置している。3点

3 上記のいずれにも該当しない。0点

 私の認識では、国が初めてIRという言葉を全面に出してきたのは、ここ2,3年のことだと記憶しています。5年ほど前までは、ごく一部の大学の取り組みがある程度の知る人ぞ知る概念であり、ここ数年で急激に表舞台に出てきたという印象です。そのような印象を裏付けるように、様々な媒体でも「IR」に関する特集等が掲載されています。

『Between』バックナンバー|株式会社進研アド

  • 2013年10-11月号 特集:IRで教学をマネジメントする〜実践・進化のステージへ〜
  • 2009年冬号 特集:教育の質保証に向けたIR

バックナンバーのご案内 : カレッジマネジメント : リクルート進学総研

  • 【189】Nov.-Dec.2014 特集:戦略的意思決定を支えるIR

会誌「大学マネジメント」 | 大学マネジメント研究会

  • 2013年6月号 特集:教学IRの実践に向けて

 また、科学研究費補助金でもIRに関する研究が行われています。科研費データベースで新規採択課題を「IR」でキーワード検索した主な結果は以下のとおりです。

  • 2014:「大学情報公開をIRに活かす -効果的な情報公開を通した職員組織の改善- 」「高等教育機関におけるFD・SDを目的としたOR支援型IRシステムの開発 」
  • 2013:「学生の自己管理学習を支援する教学IR情報提示システムの開発と評価 」「分野別質保証におけるIRの機能に関する研究―医学領域を対象として 」
  • 2012:「IRマインドを涵養する評価人材の育成プログラムの構築に関する研究 」「日本の大学における内部質保証に資する機関調査の確立に関する研究 」「私立大学経営の効率性・有効性評価―内部及び外部環境の視点から― 」「大学教育を革新するポスト・ラーニングコモンズの創出 」
  • 2011:「多次元データ・指標を直感的に表現する顔グラフ表示法の開発と大学評価支援への活用 」「関係者による利害関係のコンフリクトを解消した次世代大学評価モデルの開発 」「具体的な改善例から見るIRによる学生の情報の効果的利用に関する研究 」「米国大学の国際戦略におけるエンロールメント・マネジメント・モデルの研究 」
  • 2010:「大学マネジメントを支援するインスティテューショナル・リサーチの可能性 」「大学における内部質保証システムの再構築と効果的運用に関する国際比較研究 」「学習コミュニティ形成のダイナミクスと学習効果の実証的研究 」「大規模継続データの構築を通した大学生の認知的・情緒的成長過程の国際比較研究」「日英高等教育機関における学生支援に資する大学機関研究(IR)の基礎的研究 」「大学経営における総合的問題の分析と解決を促進する情報基盤の構築 」「高度研究型大学における学術経営のあり方に関する研究-学術健全度指標開発の試み 」

 先日東京医科歯科大学で行われた「国際基準に対応した医学教育認証評価の確立」シンポジウムでもトライアル評価を受審した大学からはIRの重要性に関する言及が多数あり、こんなところにまでIRが登場するのかとかなり驚きました。

 このような状況から見ると、国や各大学の経営陣あるいは一部教員、関係者(以下、「経営陣」という。)からはIRに対する期待がかなり高くなっているのではないかと推測しています。一方で、各大学のIR担当となった者からは、何をしていいかわからないという声も多く聞きます。このような期待と現状のギャップは将来に対する懸念を増加させます。つまり、少ない人員を割いて資源を投入してきたのに役に立つ結果を出さないと認識され、結果を出す前に撤退させられる可能性があるのではないでしょうか。

 私自身、実験結果の処理として統計分析を重ねた経験がありますが、なかなかうまく結果が出なかったものです。まして、これまで長い時間をかけて築かれて大学活動ですので、数回のデータ分析でなんらか問題を発見でき改善・改革に役立てられるなんてことはほぼないでしょう。データ分析や統計は魔法の杖ではありません。経験上の感覚では、100回分析・資料作成をしても概ね95回以上は既存の取組等の裏付けなど既知の情報や解釈・意味付けが困難な情報であり、5回程度に新しい知見が得られるかどうかだと思っています。さらにその中から実際の改善につながるのはもっと少なくなるでしょう。

 経営陣が望んでいるのはおそらくこのような新しい知見であり、目に見えるような成果です。しかし、昨今の政策の高速度化を思うと、このような成果がなかなか出ないものは資源投入をカットされる可能性があります。IR担当者はこのようなプレッシャーと日々闘われているのでしょう。IR活動の目的とは、大きく分けると意思決定の支援と分析文化の醸成にあると考えており、これらは比較的長い時間をかけて養われるものです。IR活動が無用の長物とならなないように、なんとか成果を出して活動を継続していってほしいと思っています。

 では、まず何から始めれば良いのでしょうのか。具体的な取組内容はきっとIRに従事されている方々が示されていると思いますが、有意な結果を生み出すためにはまず手を動かすこと、つまりグラフを作って解釈を付与することを繰り返すことだと感じています。有意な結果が生み出されるのが低い確率なのであれば、数を稼ぐしかありません。その中で手技が洗練されてくるでしょう。最もいけないことは、実際に分析経験を重ねていないにも関わらず、結果がでる見込みがない(と思い込んでいる)として目の前のデータに何もしないことです。

 前述のとおり、このように分析を繰り返しても、初めの頃は新しい知見を得られる可能性は高くなく、既存の取組の裏付けなど既知の情報である可能性があります。しかし、このような情報は既存の取組の成果をデータで裏付けることになり、質保証の面からは非常に意味があるものです。このような情報を整理しまとめれば、ファクトブックとして成果を出すこともできます。まずはデータに向き合い手を動かすということが大切ですね。その際には、表やグラフの作成で終わるのではなく、それが何を意味するのか必ず解釈を付すようにすれば、情報として有用性はさらに高くなることでしょう。

 IRについては、基盤整備を進めつつも併せてなんらかの結果を要求されるような厳しい時期がしばらく続くのではないでしょうか。国の政策にIRがいつまで登場するのかはわかりませんが、それはなくとも、各大学でIR風土が少しづつ広まっていってほしいと思っています。