私立大学の定員割れに思う ~国費投入の功罪~
コストの通信簿(1) 細る公費奪い合い 国立・私学、背水の改革 :日本経済新聞
地域の中小私大の経営が悪化する一方で、公立大の新設が全国規模で続く。平成の25年間で、公立大は39大学6万人から、83大学14万人へ倍増した。過去に自治体が誘致したものの苦戦が続く私立大を公立に改組して蘇生させる荒技も相次ぐ。1997年開学の高知工科大は年間124万円の授業料が敬遠され定員割れに陥ったが、09年に公立大学法人化すると、授業料は53万円になり、志願者は8倍に増えた。
今週から、日本経済新聞で「コストの通信簿」という連載が始まっています。まだ3回目ですが、大学を巡る国家予算や費用負担の問題を取り上げているようです。そんな中、今週月曜日に掲載された当該連載第1回を読んでいると、どうしても気になるところがありました。以下に、引用します。
「私大の定員割れは教育内容が悪いからではない。授業料で国公立に太刀打ちできないからだ」と黒田寿二日本私立大学協会副会長(金沢工大学園長)。公立の快走に私立の不満が募る。
「今こそ、高等教育政策のパラダイムシフトを!」。昨年11月、東京都内で開かれた私立大学振興大会。納谷広美明治大学事顧問(前学長)は、自ら中心になってまとめた私立大学アクションプランを手に政策転換を求め気勢を上げた。
大学数も学部学生数も私学が8割弱を占めるのに、高等教育政策は明治以来一貫して国立が中心。14年度予算案でも、国立大学の運営費交付金は1兆1300億円だが、学生が3倍以上いる私立への経常費補助は3200億円にすぎない。
「国立の硬直的な体質では時代の変化に対応できない。留学生や社会人の受け入れも私立の方が熱心だ。私立中心の政策に改めるべきだ」。パラダイムシフトという言葉に、納谷顧問はこんな思いを込めた。「国立並みの公的支出があれば、国立以上の成果を出せる私学はたくさんある」
「私大の定員割れは教育内容が悪いからではない。授業料で国公立に太刀打ちできないからだ」というのは、「定員割れは国立大学より授業料が高いことが原因である。」という意味だと捉えました。文脈がわからない引用ですので、黒田先生の発言の意図が明らかではありませんが、これは事実なのでしょうか。どのような根拠があるのでしょうか。
(趣旨)
第一条 国立大学及び国立大学に附属して設置される学校の授業料その他の費用に関しては、他の法令に別段の定めがあるもののほか、この省令の定めるところによる。
(授業料、入学料及び検定料の標準額等)
第二条 国立大学及び国立大学に附属して設置される学校(次条第一項に規定するものを除く。)の授業料(中略)及び入学等に係る検定料は、次の表の第一欄に掲げる学校等の区分に応じ、授業料の年額にあっては同表の第二欄に掲げる額を、入学料にあっては同表第三欄に掲げる額を、検定料にあっては同表第四欄に掲げる額をそれぞれ標準として、国立大学法人が定める。ただし、特別支援学校の幼稚部の入学等に係る検定料は、これを徴収しないものとする。
大学の学部(次項に掲げるものを除く。)授業料の年額 五三五、八〇〇円
入学料 二八二、〇〇〇円
検定料 一七、〇〇〇円
(授業料等の上限額等)
第十条 国立大学法人は、国立大学及び国立大学に附属して設置される学校の授業料の年額、入学料又は入学等に係る検定料を定めようとする場合において、特別の事情があるときは、第二条第一項若しくは第三項、第三条第二項又は第四条の規定にかかわらず、これらに規定する額にそれぞれ百分の百二十を乗じて得た額を超えない範囲内において、これらを定めることができる。
国立大学の授業料等は省令により標準額が定められています。また、これに外れる場合であっても標準額の120%までという上限があります。現在、多くの国立大学で、標準額とおりの授業料が設定されていますので、初年次納付額は817,800円だろうと推定できます。私立大学の学費がこの金額よりも高いため、定員割れをしているという理論展開は成立するのでしょうか。記事中発言の対偶である「国立大学よりも授業料が高くなければ、定員割れは生じない」ということが真であるか、検討してみます。
旺文社のパスナビに掲載された私立大学のなかで、国立大学よりも初年次納付金が安い大学の学部(夜間主、二部除く。)は、日本経済大学経済学部の800,000円のみでした。当該大学の入学定員充足率は、以下のとおりです。
日本経済大学経済学部
入学者数869人 入学定員1600人 入学定員充足率0.543
※出典:当該大学HPの教育情報公表資料等
いきなり偽になりました。しかし、さすがに1大学1学部のみで判断はできません。ということで、朝日新聞が出版した「大学ランキング2014」に掲載された「初年度納付金が安い(P123,P125)」大学学部各分野TOP3について、旺文社が出版した「2014大学の真の実力情報公開BOOK」に掲載された入学定員数及び入学者総数を用い入学定員充足率を計算しました。その結果を、以下に示します。
初年度納付金が安い大学
・法学部
九州国際大学法学部 0.88
沖縄大学法経学部 1.01※大学HPより
久留米大学 1.17
・文、外国語学部
沖縄大学人文学部 0.52※大学HPより
沖縄キリスト教学院大学人文学部 0.90
久留米大学文学部 1.20
天理大学文学部 1.03
・経営、経営、商学部
九州国際大学経済学部 0.66
久留米大学経済学部 1.11
久留米大学商学部 1.04
九州産業大学経済学部 1.03
九州産業大学経営学部 0.99
九州産業大学商学部 1.12
京都産業大学経済学部 1.13
京都産業大学経営学部 1.14
・学際系学部
福岡工業大学社会環境学部 1.20
筑紫女学園大学人間科学部 1.18
長野大学環境ツーリズム学部 1.12
・理学部
京都産業大学理学部 1.19
東京理科大学理学部 1.07
日本大学文理学部 1.12
・医学部
順天堂大学医学部 1.02
東京慈恵会医科大学医学部医学科 1.02
慶應義塾大学医学部 1.00
・工、理工学部
豊田工業大学工学部 1.26
第一工業大学工学部 0.85
近畿大学 1.12
・薬学部
奥羽大学薬学部 0.89
第一薬科大学薬学部 1.18
国際医療福祉大学薬学部 1.09
ついでですので、初年次納付金が高い大学を以下HPより適当に抜粋し、同様に入学定員充足率を示します。
・法学部法律学科
東海大学法学部 1.06
日本文化大学法学部 1.28※認証評価自己評価書より
京都文教大学総合社会学部 1.19
・文学部文学科
聖徳大学文学部 0.86
神戸女学院大学文学部 1.13
東海大学文学部 1.07
・経営、商学部
兵庫大学経済情報学部 1.11※認証評価自己評価書より
東海大学政治経済学部 1.12
麗澤大学経済学部 0.89
・理学部数学・情報科学学科
明治大学理工学部 1.04
青山学院大学理工学部 0.99
早稲田大学基幹理工学部 1.15
・医学部
帝京大学医学部 1.30
川崎医科大学医学部 1.00
金沢医科大学医学部 1.00
両結果より、初年次納付金が安くとも定員割れを生じている大学もあれば、高くとも充足している大学もあるという、傾向が見えないことがわかります。つまり、少なくとも「授業料が高くなければ、定員割れは生じない」という命題は、真であるとは言えないと判断できます。翻って、冒頭記事中にある「私大の定員割れは教育内容が悪いからではない。授業料で国公立に太刀打ちできないからだ」という言説について、手持ちの情報だけではその妥当性を検証できません。日本私立大学協会や私立学校振興・共済事業団内にこれを裏付けるようなデータがあるのならば、是非公表してほしいと思っています。
私立大学への国費投入については、いろいろな考え方がありますが、少なくとも中期財政フレームによる現状のゼロサムゲーム予算において、国策の実現に資する国立大学へ基盤的経費を傾斜配分するというのは理解が及ぶところです(個人的には、中期財政フレームの考え方自体が誤りだと考えていますので、この状況が最適であるとは思っていません。)。
少なくとも、大学情報データベースですら、私立大学をあげて参加するとならずに個別検討に留まっているあたり、国策への協力性が疑われると思っています。中央教育審議会大学分科会組織運営部会(第4回)では、本件に関する金子元久筑波大学教授のいらだちが文面から伝わってきます。
基盤的な経費を交付金でまかなうと、なにが起こるのでしょうか。確かに、国からの定常的な資金提供が増え、(算定方法にもよりますが)もしかしたら事業費が増えるかもしれません。その反面、場当たり的な政策、教職員給与の削減要求、収入・支出の厳格な監視、膨大な報告書作成作業、有象無象の国への協力、大学機能の無限的拡充要求、保有資産の不条理な有効活用要求などへの対応が迫られることになり、教職員の教育研究活動は今よりも阻害されることになると想像できます。少なくとも、現状の国立大学の状況を見ると、十分に想定できる範囲です。場合によっては、建学の精神とはかけ離れたことを要求される可能性もあります。あるいは、国立大学授業料標準額との差額を入学者数に応じて私立大学に配分することも考えられますが、その場合も入学料の算出根拠や入学者数の把握など、厳格厳密な管理が要求されるでしょう。
基盤的経費のある程度の割合を国費でまかなうとなった場合、間違いなく今と同じような状態で済まなくなります。つまり、「金だけくれて口は出すな」という状況は、理想的ではありますが、存在しえないということです。基本的には、国費投入割合が増えるほど国が口を出す余地が増えることになると考える方が無難であり、そのあたりを私立大学団体がどのように考えているのかはわからないところです。
私立大学団体の弱いところは、その組織が一枚岩というわけでなく、各大学個別に動くしかないところだと思っています。そのため、もともとバラツキが大きい業界の全体像がわかりにくい上、各大学の取組が小粒に見えてしまいます。今夏に日本私立大学団体連合会から公表された「私立大学アクションプラン」にしても、そのプランに対し各私立大学がどのように対応するか、全く不明です。外から見ていると、私立大学の団体は、その主張の論理性や組織としてのガバナンスなど、どうにもよくわからないなぁという印象です。
もちろん、理想的には、国連人権規約にあるような国公私問わない高等教育の無償化が良いと思っています。ただ、現状の財政構造(というよりは、政府の財政構造のとらえ方)を見ると、かなり望みが薄いでしょう。もし、私が配分担当者だったとすると、各大学の自主性自立性を理由にして全体として統制が取れないところに「私立大学」全体として配分するのは、効率性を考えるとためらってしまうというのが本音です。