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明治大学の新しい時間割・学年歴は設置基準違反なのか?

2017年度からの本学授業時間割の変更について(お知らせ) | 明治大学

本学は,2017年度の春学期から,これまでの「1コマ90分7講時制」の時間割を,「1コマ100分6講時制」へ変更し,かつ,授業期間を現行の半期「15週」から「14週」へと短縮します。

総合的教育改革の実現に向け、2017年度より全学一斉に時間割・学年暦を変更 | 明治大学

新時間割では、現在「1コマ90分」の授業時間を「1コマ100分」とし、7講時を6講時に、授業期間を15週から14週に短縮します。また、100分の授業時間を、50分ごとのモジュールという時間単位に区分します。これまでより10分長い授業時間と50分単位でのモジュールを活用することで柔軟な授業設計が可能となり、アクティブ・ラーニングなど、学生の主体的な学びを支える教育効果の高い授業を展開しやすくなります。

 明治大学が2017年から新しい時間割・学年歴を導入するようです。一コマ100分間の14週授業になるようですが、これには大学人として衝撃が走りますね。これまで15週授業を確保することが至上命題であると考え、各大学とも15週の確保にかなり苦労してきたはずだからです。実際に疑問を呈されている方もいます。

学修時間の計算方法 - 大学の片隅で事務職員がさけぶ

でも、今回の明治大学の措置だと90分から100分になって14週に減るわけだが、慣習どおりの計算方法だとしても100分でも2時間。すると28時間になってしまうので、大学設置基準を満たしていない……いや慣習による計算方法も厳密にいうと満たしていないよな。

おそらく、授業時間外の学修時間を含めて1単位45時間になる、という解釈なのだろうか。何かそのための措置をするのか。

 結論から言うと、明治大学の新しい時間割・学年歴は設置基準違反ではないと考えます。そりゃ、違反している可能性のあるものをこれだけ大々的に打ち出したりしませんよね。一応、理論的にも整合性が取れる可能性のある考えに思い至りました。

 まず、大学設置基準を確認しましょう。

大学設置基準

(単位)

第二十一条  各授業科目の単位数は、大学において定めるものとする。

2  前項の単位数を定めるに当たつては、一単位の授業科目を四十五時間の学修を必要とする内容をもつて構成することを標準とし、授業の方法に応じ、当該授業による教育効果、授業時間外に必要な学修等を考慮して、次の基準により単位数を計算するものとする。

一  講義及び演習については、十五時間から三十時間までの範囲で大学が定める時間の授業をもつて一単位とする。

二  実験、実習及び実技については、三十時間から四十五時間までの範囲で大学が定める時間の授業をもつて一単位とする。ただし、芸術等の分野における個人指導による実技の授業については、大学が定める時間の授業をもつて一単位とすることができる。

三  一の授業科目について、講義、演習、実験、実習又は実技のうち二以上の方法の併用により行う場合については、その組み合わせに応じ、前二号に規定する基準を考慮して大学が定める時間の授業をもつて一単位とする。

3  前項の規定にかかわらず、卒業論文、卒業研究、卒業制作等の授業科目については、これらの学修の成果を評価して単位を授与することが適切と認められる場合には、これらに必要な学修等を考慮して、単位数を定めることができる。

(一年間の授業期間)

第二十二条  一年間の授業を行う期間は、定期試験等の期間を含め、三十五週にわたることを原則とする。

(各授業科目の授業期間)

第二十三条  各授業科目の授業は、十週又は十五週にわたる期間を単位として行うものとする。ただし、教育上必要があり、かつ、十分な教育効果をあげることができると認められる場合は、この限りでない。

 大学設置基準第23条には「各授業科目の授業は、十週又は十五週にわたる期間を単位として行うものとする。」とあるため、授業期間の確保に留意するわけです。特に、平成20年に中央教育審議会が出した「学士課程教育の構築に向けて(答申)」では試験を含めずに15回授業を行うように明記されたため、各大学ともここ10年近くは15回確保に苦心しているという印象です。名古屋市立大学の「よくある質問と回答」がその一端でしょうか。

よくある質問と回答|名古屋市立大学

3つの疑問に対する回答は、15回の授業回数を確保するために、“やむをえず”行っているためということになります。

Q.なぜ祝日に授業をするのですか?

月曜日は、ハッピーマンデーの影響で、15回の授業回数を確保することが困難であり、学期末に他の曜日を指定補講日として月曜日の授業を行っていますが、それでも回数が足りず、“海の日”や“体育の日”等の祝日を開講日にしています。

 しかし、大学設置基準第23条には但し書きがあり、例外措置がとれるようになっています。これは、柔軟なアカデミック・カレンダーを設定できるようにするため、平成25年に大学設置基準が改正されたためです。ここから、当たり前のことですが、15回確保はあくまで手段であり一単位45時間の学修の方が大切であることが推測されます。これが、ここ何年か言われている「学修時間の確保」であり「単位の実質化」ということですね。

 さらに留意すべきなのは、この45時間とは実際の45時間とは異なるということです。大抵の大学では、90分間の授業をもって一コマといい、これを2時間と換算しています。つまり、大学でいう1時間とは実際には45分間である「約束事」をしているわけです。この約束事のことを単位時間といいます。この単位時間があるからこそ、2単位の講義(一コマ)を15回行っても90分間×15回=1350分間=22.5時間しかないにも関わらず、2単位時間×15回=30単位時間という設置基準を満たすことが可能になります。

 つまり、一単位45時間というのは実際には一単位45単位時間であり、一単位時間=45分間とすると、45分間×45単位時間=2025分間=33.75時間が実際の一単位の学修時間数であると推測できます。個人的には、学修時間の話をする際に単位時間にはあまり言及されないことが多いと感じており、45時間という言葉が一人歩きしているなと思っています。前筑波大学副学長の清水一彦先生は「単位制度の再構築」(大学評価研究,第13号,39-49)にて、

次に、後者の単位時間の不明瞭さについては、これまで基準の上では単位時間はいっさい取り上げられず、基準解説の部分でも触れられなかった。小・中・高校のような1時間の標準時間については大学の場合には曖昧のままで、実際には45分あるいは50分に相当する異なる単位時間が広く普及してしまった。これは旧制大学以来のわが国に伝統的な1コマ=2時間=90分もしくは100分という慣行の影響が強く反映されたものであった。(P43)

と問題点を指摘しています。ここにある通り、各大学は概ね45分間もしくは50分間を一単位時間と換算していると思いますが、それは必ずしも明文化されたものでありません。同論文では、

また、関連して「1単位時間」を明確にすべきである。週45時間という規定については、労働時間に合わせた実時間、つまり1時間=60分ととらえることができるが、それとは違ういわゆるアカデミック・アワーとする意見もある。確かにわが国の大学教育においては、1単位時間の規定は存在しない。初等・中等学校においては、規則の中で1講時間=45分とか50分という規定がある。大学の世界では、慣行的に90分(この場合は1単位時間は45分)とか100分(1単位時間は50分)が採用されている。実際、同じ2学期制を敷いている大学でも、1単位時間を50分にしたり、45分にしたり異なった状況にある。労働時間に合わせた実時間と規定するか、そうでなければアカデミック・アワーとして1単位時間=50分といった共通の規定にするなど、検討する必要がある。(P45)

とも指摘し、曖昧な単位時間の指摘とその統一を提案しています。

 なお、アメリカの大学においても単位時間という概念が存在し、実時間との比較が明文化されています。

OFFICIAL COMPILATION OF CODES, RULES AND REGULATIONS OF THE STATE OF NEW YORK TITLE 8. EDUCATION DEPARTMENT CHAPTER II. REGULATIONS OF THE COMMISSIONER SUBCHAPTER A. HIGHER AND PROFESSIONAL EDUCATION PART 50. GENERAL 

50.1 Definitions.

(o) Semester hour means a credit, point, or other unit granted for the satisfactory completion of a course which requires at least 15 hours (of 50 minutes each) of instruction and at least 30 hours of supplementary assignments, except as otherwise provided pursuant to section 52.2(c)(4) of this Subchapter. This basic measure shall be adjusted proportionately to translate the value of other academic calendars and formats of study in relation to the credit granted for study during the two semesters that comprise an academic year.

MARYLAND HIGHER EDUCATION COMMISSION CODE OF MARYLAND REGULATIONS

16 Graduation Requirements.

D. Credit Hours.
(1) An in-State institution shall award 1 credit hour for:
(a) A minimum of 15 hours, of 50 minutes each of actual class time, exclusive of registration, study days, and holidays;

NEW JERSEY ADMINISTRATIVE CODETITLE 9A - HIGHER EDUCATION New Jersey Commission on Higher Education CHAPTER 1. LICENSURE RULES

SUBCHAPTER 1. GENERAL STANDARDS
9A:1-1.2 Definitions
“Semester credit hour” means 50 minutes of face-to-face class activity each week for 15 weeks (or the equivalent attained by scheduling more minutes of face-to-face class activity per week for fewer weeks in the semester) in one semester complemented by at least 100 minutes each week of laboratory or outside assignments (or the equivalent thereof for semesters of different length).

 すべての州を調べたわけではありませんが、一単位時間=50分のレギュレーションである州が多いようですね。

 ここまでしつこく単位時間の話をしてきましたが、冒頭の問いに道筋をつけるためには、単位時間という考え方が非常に重要になってきます。おそらく、明治大学は、単位時間45分を維持したまま100分14回授業を導入しようとしているのでしょう。

 明治大学は現在1コマ90分の授業を実施しています。つまり、明記はされていませんが、一単位時間=45分で運用されてると推測できます。一コマ100分を導入する際に一単位時間=50分とすると、14回の講義では一コマ28単位時間となり、大学設置基準にある1単位15時間以上を満たすことができません。そこで、一単位時間=45分を維持したまま一コマ100分を導入すると、14回講義を行った場合1400分/45分=31.1単位時間となり、大学設置基準にある1単位15時間以上を満たすことができます。45分も50分も四捨五入すれば同じ1時間であるというわけではなく、一単位時間=45分の場合は、90分授業は2単位時間、100分授業は2.2単位時間になります。

 授業時間が30基準時間を超えているということで、もしかしたら14回内に試験時間を含められるかもしれないと思いましたが、最後の授業の復習時間を中に含めることができないと判断できるため、断念しました。明治大学も14週の講義週間の直後に試験週間を準備しているようです。

 以上はあくまで推論であり、実際には全く異なる解釈の可能性があります。新しい時間割では、モーニングモジュール50分とナイトモジュール50分間の授業枠があるとは言え、実質的に一日の講義枠が一つ減少します。カリキュラム自体も変更があり得るでしょうね。

 単位制の本質とは学修成果と学修時間のかけ合わせであると考えています。今回の話はただの計算上の話であるとも言えますが、制度上は担保されていなければならない話でもあります。書いていてどうにも釈然としないのが、単位時間の設定方法および設定主体です。大学が単位時間を自由に決めていいのならば、一単位時間=30分とし今よりも大学教育に費やす時間を短くすることも可能なのかもしれません(実際には、設置審査を通らないため、不可能でしょうが。。。)。単位制度の厳格化と柔軟化が同時に進められ制度が移り変わっている今だからこそ、本当に担保されなければならないことを考えないといけないのでしょう。