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人文社会科学系の再編騒ぎはどのような背景があるのか。

大学一般

 いつぞやに引き続き、またしても人文社会科学系の改廃について話題になっているようです。本件については、弊BLOGでも言及してきたところです。

「文学部はなぜ必要なのか?」不要論者の多い文学部について考える人々 - Togetterまとめ

教員養成・人文社会科学系学部・大学院への要請に思う 〜何が問われているのか〜 - 大学職員の書き散らかしBLOG

 いったいどうしてこんなことになっているのか、私が考えている全体像を以下に示します。なお、過度にデフォルメしており、あくまで私感であることに留意ください。

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 内容は概ね以前のBLOG記事と変わりません。ただ、これはここ数年の比較的短期スパンの流れを示すものであり、高等教育全体のデザインなど中長期な話に踏み込むものではありません。

 やっぱりどうしても分からないのが、国立大学の分野再編検討の話がどうして人文社会科学系全般の話になるのかというところです。良くも悪くも「SNSの力」なのだろうと思いますが、たぶん見ている視点が違うということもあるのでしょう。国は人材養成に視点を置いていますが、私が目にした色々な言説は研究の意義など研究ディシプリンに視点を置いているものが多かったです。だからこそ、両者の言説は平行線みたいに見えてしまいます。間に入ってくれる企業人団体などがあればいいのですが、今のところはなかなか難しそうです。国立大学は社会のニーズに応える人材養成を、というのはある意味で正論であるわけですし。

 このような要請に対しどのように応えるべきかは、以前のBLOG記事でも述べたとおりです。理工系人材養成戦略も公表された今、国立大学の学部研究科再編はますます進んでいくでしょう。よく目にするのが、各教員の持つ研究ディシプリンは変えずに教育カリキュラムを変更するという、アクロバティックな再編策です。ここから生まれたのが一部の地域系や国際系、学際系の学部等だと思っています。このような場合は必ずしも研究内容が教育内容に密着しているとは限らないため、カリキュラムの仕掛け作りと作動がとても難しくなることは、皆さんもご存じのとおりです。失敗成功の判断はわかりませんが、中の人は大変なんだろうなと思います。ただ、このようなやり方では各教員の研究ディシプリンはあまり変わらないため、「文学部はなくなるかもしれないが文学部で行われていた研究やそれに密着した教育は引き続き行われる」とも言えます。(将来にわたってどうかはわかりませんが。。。)
 対応は大小あれども、国立大学はこの土俵にすでに乗せられており、降りることはできません。特にこの問題については、研究者が見る本質と施政者が見る本質が乖離する傾向にあると感じています。冷静に対応を見極める必要があるでしょう。身も蓋もない言い方をすれば、実際に社会的要請に応えていると過不足なく証明することは困難ですが、社会的要請に応えていると見せることは可能ではないかと考えています。どうも理工系に比べて人文系はアピール下手であり、せっかく今時点で良い教育研究活動をやっていてもそれをうまくアピールできていない、あるいは良い素材の使い方が適切ではないという印象を受けます。そのあたりで、職員として貢献できることがあるのかもしれません。
 1991年から始まりすでに20年以上継続している大学改革の流れは、ついに直接的に分野編成に手を入れるようになったのだなあ、と思うところは多いです。